カウンセリング日和-1

縞々録
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ひとんちのスリッパってなんとなく心許ない。あんまり使われてないから硬いし、微妙に足の幅に合っていない。ただ「足をカバーしています」という事実をつくるためだけに履いている気がするし、そこには薄紙一枚分くらいの拒絶を感じる。などと思いながら硬いスリッパを履いて、カウンセリングルームに入る。

ちょっと前から会社が提携しているカウンセリングに行き始めた。昼間、家で1人で仕事をしていると自らを鬼軍曹ばりにガンガン追い詰めてしまうんで、それに耐えられなくなって申し込んだのだ。年度のうち数回までなら、無料で受けられるらしい。全部無料にしてほしい。おれの場合、メンタルヘルスの度合いが仕事の進捗にかなり影響を及ぼしてくるから、そこを自分で賄え、と言われると詰んでしまう。

まずは昔の話を聞きます、てことで一番古い記憶とか楽しかったこととかを問われて、うだうだ〜と答えていく。自分はペラい、なにも積み重ねてきたものがない人間だと思っていたけど、訊かれるといろいろ話せることもあるので、それなりに厚みっぽいものがあるものだなと思う。しかしその大半は家族や友人によって手助けしてもらったようなもので、自分できちんと判断して動いて成し遂げたこと、なんてほとんどないんじゃないかと思えてくる。

1回50分のカウンセリングは、色々思い出しながら話すとすぐに時間が経ってしまう。やっぱりスリッパは硬いままでおれの足に決して馴染むことはない。つま先でスリッパの甲をつつきながら、まだ話し足りない気がするなあ、と思う。自分の問題を解決したいのか、ただ話す場がほしいだけなのか、わからない。

次回の予約をとって、カウンセリングルームのある建物を出た。肩にわずかに力が入っていることに気づく。思いのほか気を張っていたようだ。ふう、と息をついた。あのスリッパが心地いいと思えるまで、おれはあの場所で気を許して話すことができるだろうか。