巷には、タクシーの運転手さんにおすすめの飲食店を紹介してもらうというバラエティ番組があるらしく、すなわちそれは、タクシー運転手さんは近隣社会の縮図だと認識されている証だということと理解している。
そんなわけで、わたしは取材なり旅なりで都外に出ると、金銭的な余裕のある限りタクシーを使うようにしている。もちろんそれは移動を便利にするためでもあるけれど、タクシーの運転手さんご自身と話をするためでもある。
「どこかから来たんですか?」から会話がはじまることの多いタクシー車内は、土地や文化に興味津々のわたしにとって絶好のヒアリング機会なのである。
気を利かせて尋ねてくれたのにと多少の申し訳なさを抱きつつ、こちらからの返事はそこそこに、多くの時間を、その土地で暮らす人の価値観調査に充てている。
今日、札幌でお世話になったタクシーの運転手さんは、生まれも育ちも北海道だという、生粋の北海道人。ご両親が公務員だったために幼少期こそ道内を転々としたが、大学生の頃からはずっと札幌に暮らしているそうだ。
そんな彼は、札幌について尋ねると、こんなふうに話してくれた。
「いや、ちょうどいいよね。道内はさ、大きな病院の数が少ないから、なにかあったときってやっぱり札幌に来ないといけない。北海道の広さを考えると、札幌くらいがいいよ」
「便利だから」ではなく「ちょうどいい」と表現する、その感覚が新鮮で、続きを聴いた。
「でもね、たとえばミュンヘンとかは札幌よりも気温こそ低いけれど、雪は少ないんだって。それはすごくいいよね。向こうは物価も高いけど、こっちより社会保障が手厚いし。ああ、ただ向こうの冬は曇天が多いから、そこはちょっと大変かあ」
だなんていう。
ミ、ミ、ミュンヘン……!?
ドイツのミュンヘンだよな……BMWの本社がある、あのミュンヘンだよな……え、札幌の姉妹都市だからって理由で比較したの……? え……高度すぎない……?
脳内に大量のハテナマークを浮かべていたのに勘付いたのか、彼は足りない言葉を補うように続けた。
「僕の娘がね、結婚して向こうに住んでるんだよ。帰ってきてくれたときに、よく向こうの話をしてくれるから、興味を持つようになってさ」
いや〜〜〜なんだ、それならいいんですけれどね。すごくハイコンテクストな会話を求められたのかと思っていたわたしは、ホッと胸を撫で下ろした。
それにしても、札幌と、道内の他地域を比較する視点。札幌と、ミュンヘンを比較する視点。いずれにしても、わたしにはそうない観点だったし、それを踏まえて「ちょうどいい」と総評した彼の感覚は、きっと札幌に長く住んでいる人間ならではなのだろう。
もちろん、札幌に暮らしている人のなかでも多種多様な価値観はあるはずである。が、一意見としてそうした声が聞こえてきたのは、わたしにとっては刺激的だった。
ちょうどいい街。わたしにとってはそれが世田谷だったりするし、場合によっては函館だったりもするわけなのだろう。
ただ、彼の言うニュアンスの「ちょうどいい」を理解できているとはまだ思えないのだ。「便利」とか「好き」とか「心地よい」ではなく、「ちょうどいい」とは、どういう体感だろうか。
この問いは、しばらくわたしの頭を席巻して、あれこれと考えさせてくることになりそうだ。