三連休初日の、大繁盛喫茶

詩乃 / shino
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東京・三軒茶屋に「moon factory coffee」という喫茶店がある。ちょっとしたハプンさえ起こりそうな飲み屋街のなかにしれっと佇む、ちいさな喫茶店だ。

すごく、すごくわかりづらいところにあるのではじめましての人がたどり着くのはきっと大変であろう場所にも関わらず、設えの良さ、空間の持つ温度感、珈琲の味わいなどが揃いも揃ってパーフェクトだからか、お客さんの絶えない人気店になった。

ここを訪れるのに、休日を選ぶのは確実な間違いだと心得ているわたしは、だいたい平日の真っ昼間をめがけて足を運んでいる。なのだが、最近は少し訪れるタイミングを失っており、正確には、行きたいときがいつも木曜日(唯一の定休日)だったので、泣く泣く諦めていた。

多いときは、週に二度ほど訪れている、個人的には馴染みすぎている店なもので、最近のタイミングのわるさが随分とこたえていた。ありふれすぎたmoon欲が抑えきれず、久しぶりに、休日夜の此処へと足を運んだわけだ。

少し褪せた木製の扉をギギギ、と開けて、店内を覗く。「ああ、やっちまった」とわかるくらいの店内の混雑ぶりに、そっと扉を閉じて帰路につこうかと思ったほどだ。思えば、今日は三連休初日ではないか。完全に日をミスっている。

けれども、カウンターの奥にいる、顔なじみのバリスタさんに見つかり、しかも、「一人分のカウンター席だけなら空いてますよ〜」とのことで、まさかの運良く入店。のんびりした空気が似合っているこの店において、休日特有のガヤガヤ感は少し不釣り合いで、なんだか申し訳なくなった。

座席そばに鞄を置き、アーコールチェアの背もたれにコートをそっとかける。「店の外、混んでますか?」とバリスタさん。「うん、はんぱなく」とわたし。「ここも混んでる日だったのに、来ちゃってごめんなさい」と続けた。

すると彼は「そんな、そんな。むしろ、ゆっくりと過ごしてくださいね。たまたま、お席が空いていてよかった」と、いつもの柔らかい笑顔で言葉を置いた。なんだか、その一瞬にじんわりと感動してしまったのだ。

もちろん喫茶店という空間なのだから、お客が来ることを拒む店はそうないだろう。けれど、ことこの店においては、それ相応の静寂と適度な雑音が共存するくらいがちょうどいいように思うから。

大きめのボリュームで話をするお客さんがいれば「トーンを落としていただけますか」と伝えてくれるような場だし、彼は以前「お店的には混雑しているほうがいいのかもしれません。けれど、ね、落ち着いている店も好きなんです」と漏らしていた。

気持ちがよくわかる。繁盛している、繁盛していそうな店。繁盛していそうで、案外落ち着いてる店。世の中にはいろいろな店があるが、きっとここは後者でありたそうな気がするから。

それにも関わらず、彼は来店を歓迎する一言を、一瞬のためらいもなく発したのだ。しかも彼は、自身の勤務時間を明らかにオーバーしており、退勤の余裕すらなかったはずである。本当、それにも関わらず、なのである。

三連休明け、きっと人の流れが落ち着くであろうタイミングを見計らって、また本当の意味でゆっくりするべく店には訪れようと思っている。次回は、一瞬でいいから、moonらしい静寂も堪能できるように、と願いつつ。

@shino74_811
暮らしが好きな旅の人。属性は編集者。もっとも気を抜いて文章を書いている場所なので大した期待はしないでください。