ジュリア・アメジスタは幸運の持ち主であった。彼女には高貴な家柄と素晴らしい才能があり、幼い頃から周囲には持て囃され蝶よ花よと育てられてきた。これまでも、そしてこれからも輝かしい人生を送る予定のジュリア。しかし、彼女はいつからか得体の知れない虚無感に苛まれていた。
虚無感の正体が分からぬまま全寮制の学校に入学したジュリアは、シュエという名の友人ができる。ルームメイトであった彼女はジュリアの世間知らずな言動に呆れつつも時に優しく、時に厳しく諌めてくれた。
これまで親も親戚も、教師もクラスメイトも、一つ下の従弟でさえ褒め讃えてくるばかりで注意されることが少なかったジュリアにとって、自分の行動を客観視させてくれる存在は非常に貴重である。ジュリアはすぐにシュエに懐いた。
そしてシュエもまたジュリアの持っていた才能に焦がれつつも、自分の常識性を信頼し慕ってくれる彼女に悪い気はしなかった。夏が終わる頃には、二人は親友とも言っていい間柄となっていた。
秋になり、ジュリアはシュエと共に生徒会に入ることになる。これからの活動の説明があるとのことで面倒だなと思いつつも生徒会室へ行き、席に着こうとしたところで背後から声をかけられた。
知らない声だ、と思いつつも曖昧な返事を口にしながらジュリアは振り返る。
そこに居たのは1人の男子生徒だった。まず長い足が目に付く。150前後のジュリアにとってはかなり上背があるように見えた。そのまま視線を上げると、真っ白なキャンバスに今しがた虹を溶かしたような虹彩を持つ瞳と目が合う。美しい白髪は肩で切り揃えられており、染められていない絹糸のようだった。
そんな人間離れした外見の人間がこちらに声をかけているではないか。
固まるジュリアをよそに、隣に居たシュエは「…久しぶりね。ユリウス・ジュピター?」と険しい顔になる。
ジュリアは半年ほど共に過ごした親友がそんな顔をしているのを見たのは初めてで、思わず目を見開く。
どうやらシュエは目の前の青年とは旧知の仲であるらしく、あまり良くは思っていないようだった。
「ああ…話すのは久々だったね。」
「ハァ…ジュリアに何の用かしら」
「そうだ。今朝、教室の前の廊下でハンカチを拾ったのですが貴方の物ですか?」
そう問うたユリウスの手元には、白地のレースに紫色でJULIAと刺繍がされた小さなハンカチがあった。
「あ!さっき失くしたと思ってたハンカチ!拾ってくれたの。どうもありがとう。」
「ジュリア…さっき私に『今日ハンカチ持ってきて無いから貸して〜』って言ってたじゃない。失くしてたのね?」
「ごめんごめん。失くしたって言ったらもっと怒るかなって。…ところで、
二人は随分と仲がよろしいようで?」
そうからかい混じりに言葉にした途端、「それは無い(わ)」と前と横から同時に聞こえ、ジュリアはつい吹き出してしまう。
「ちょっと、ジュリア。何言ってるのよ」
「何って。気づいてないだろうけど、彼と会ってからの貴女の表情、とーっても素敵だったんだからね。ふふふ…写真に撮りたいくらい!」
「ハァ…もう、やめて」
「…っ、はは。私には君たちの方がよっぽど良い友人同士に見えるよ。」
そうはにかむユリウスに(あ、笑った。)とジュリアは笑うのも忘れつい彼のオパールの瞳に釘付けになる。
ぼーっとしていると、「早く席に着きましょう、ジュリア」とシュエに急かされる。
「え?もう先生来たの?」
「集合時間は過ぎてるのよ。いつ来ても可笑しくないわ」
「んー。シュエが言うなら…あ!ユリウスも1年生の生徒会なんでしょ?ここ座りなよ。あと、これから宜しく」
そうやって自分の席の隣を指すとユリウスは困ったように微笑む。
「それでは、お言葉に甘えて…こちらこそ。よろしく」
一方、ユリウスとは反対側の隣の席に座ろうとしていたシュエはどこか焦ったような小声でジュリアを問いただす。
「ちょっと。何勝手によろしくしてるのよ。それに隣の席に座らせるなんて。…あいつとは、ユリウスとは…その…あまり良い思い出が無いのよ」
「いいじゃん。楽しそうでしょ?」
そうだった。彼女はそういう人だった。シュエは胃がきしむのを感じながらこの半年で少しづつ分かってきた己の親友の性質を思い出す。
ジュリアは楽しいことがとにかく大好きで、あらゆる物事にその意味と面白さを求めているのだ。たとえソレが悪い結果になろうと良い結果になろうと、面白かったならそれで良しとしてしまうのである。シュエは眉間を抑えた。
シュエはさらに何か言おうとするが、タイミングが良いのか悪いのか、生徒会顧問の先生が来て活動についての説明を始めてしまった。
これからの学園生活への思いは三者三様ではあるが、ジュリアは確かに己の中にある充足を感じ取っていた。きっとこの先、あの退屈で恐ろしい虚無を感じることは少なくなっていくのだろう。
両隣のどこか似通った友人二人を横目で順番に見て、満足気に笑った。似てる、と本人達に言えば確実に否定されるのだろうけども。