世襲制トライアングル 感想

shiwoni
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公開:2024/11/19

彼女が光太郎を見ていた。そして透が、そんな2人を見ていた。そう考えると、光太郎こそ誰よりも、2人のそんな視線の先を思い描いたことがなかったということ、でもあって。自分を含めきれずにいた人。それは単に、彼がそういう人だというだけで、だからこそ、でもあったのだろう。

執着の先は、失いたくないものは、たった一人の形をしているとは限らない。

悲しいのがなくならない、と、分かってしまったあの小さなコマが好きだ。カメラを下ろして、止まることなく流れて行ってしまう時間から、目を逸らしていくあの小さなコマ。

誰が何を選ぼうとも、変わらずに、或いは新しく愛おしくなっていくものはあると、思いたいけれど。少なくとも彼は、そういうものを両手で迎えられる人間ではなかった。

逃げる、ということが、ただそれだけとして描かれたのが印象的だった。良いも悪いもない、一つの選択として。透が何も言わずに「逃げ」たことで、光太郎はずっと影を引きずってきたと言えるかもしれないけれど。それは別々の現象とも言えるもので、どのルートに乗っていたとしても結局、光太郎は光太郎の人生の中でその何かを引きずって付き合っていくことになったというだけなのかもしれない。それは、元から光太郎の中にあったものだから。

だからこそ、透が逃げるという道を選んだことに、良いも悪いもない。誰がどう意味づけようと、逃げた先に別の人たちがいて、別の人生と生活があって、薫はそんな父に出会って、見送った。

薫の母親である人に、顔があって、声があって良かった。彼女には描かれない彼女の人生があり、彼女だけが出会った透がいて、彼女だけが抱える、透が消えたあとの人生がある。

透はもうどこにもいないのだから、これは光太郎と冬子と薫が交錯したある一点のお話で、だからこそ透の姿はとても大きいのだけれど、透にとって振り返った世界そのものの中で、目を逸らしたあの瞬間のことがどれほど大きく胸を焼き、残り続けたのかなど、誰にも分からない。最後の瞬間のギリギリ手前で、どんな未来を描き、どんな風にそれが断ち切られ、何を悔い、恨み、或いは軽やかに手放したのかも分からない。

私が見たものは、果てしなく存在したはずの知らない物語の中の、ほんの一つの小さな穴から覗き見た風景に過ぎない。そういうものを、寂しいとか愛おしいとか、みな互いに勝手に思って抱いて生きてくんだろうと思う。

タイトルや第1話の印象を良い意味で、ゆるやかにカーブを描くように裏切ってくれた作品でした。一周回って振り返ると、世襲でもトライアングルでもなかったのでは、と思ったけとも。それはたぶん私が、世襲という言葉に呪いのような息苦しさを、トライアングルという言葉に尖って崩しがたいものを連想するからだと思う。でもそうじゃないと感じたのは、薫が遥かに自由だったから。透を知っているから、本人に自覚なさそうだけど。しなやかで軽い、舞い込んできた風が自分で考えている様を聞いてるようでもあった。

と、いろいろ言葉にしてみるものの、大前提として私は「恋人的な関係の2人を含む、互いに互いが大切な3人組」を非常に強く好む人間なので、あ~~~~~こういうの好き~~~~~みたいな気持ちで大半を読んでました。特に(冬子+透)→光太郎の図が好き。なので当然のごとく水族館回想が一等好き。欲を言えば、冬子の目を通した光太郎の姿をもっと見たかった。彼女の恋情の色を見てみたかった。

さらに余談。あのクラゲの水槽、私が別アカウントのアイコンにしてるやつでは~~~?と思っている我はおそらく地元の者。次にあの場所に行く時には、冬子と透のこと思い出せるってことだよ。やったね。松林を抜けた先にある小さな駅が好きです。

私は言葉の余白を特に好む者なので、しばらくは後書きや他の方の感想は読まずに過ごしたいところ。心地よい読書の時間でした。

@shiwoni
しをにです。感想メモを残す場所として試運転中。