ツッコミどころがすごいアイルランド民話のはなし

shizukichi
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この記事はゆる言語学ラジオ非公式Advent Calender2023の12日目を担当するはずです。(遅れてしまいましたが言い訳をします。今ここはハワイなのです。まだ11日だから私からは間に合っています)

はじめに

この記事を書くにあたって少し自己紹介をします。名をシズきちと申します。ゆる言語学ラジオサポーターコミュニティディスコードサーバー(以下ゆサD)に参加しております。こうした記事を書くのはほとんど初めてです。お見苦しい点もあると思いますがご容赦ください。

今年8月、パートナーの仕事の都合で日本を離れアイルランドに住むことになりました。12月現在、移住してから早4ヶ月が経とうとしています。

夫から移住について打診のあった2023年3月、私は途方に暮れました。海外旅行すら昨年行ったハワイが初めてのこと。アイルランドという国がどこにあるかも分からず、夫へ生返事をしながら地図アプリを開いて場所を確かめたりしました。

これをお読みになる皆様におかれましては常識とは思いますが、アイルランドはヨーロッパの北西、イギリスのすぐ西にある北海道ほどの面積の小さな島国です。日本人は3000人程度しか住んでいません。

そんな国で暮らしていけるんだろうか、未就学児を含めて子どもは3人いるし英語もわからないのに。

戸惑いの中で私はゆサD内の困りごと相談フォーラムにスレッド【アイルランドってどこ】を作成し海外経験豊富な諸氏に助けを請い、そして地獄のような引っ越しの準備の傍ら検索に明け暮れました。

日本との時差は?食べ物は?学校は?住むところ、言葉、買い物をするところ…日本語で書かれた記事はワーホリや語学留学者向けが多く、いかがでしたか?の情報すら少ない。そんな中、その土地に住まうには現地の文化を知ることが大事なのではないか、そう考えたのです。

現地の文化とはなんでしょう。

伝統的な音楽や服装でしょうか。食べ物、生活のスタイル、仕事はどんな風にしてどんな所で遊ぶのか。

子どもたちはどう育てられているのか?

私は子どもに読み聞かせをするのが好きです。日本の昔話、民話、児童書、外国のおとぎ話。

アイルランドでは一体どんなお話が伝わっているのでしょう。

当時ゆる言語学ラジオで既に大きな存在となっていたValueBooksでアイルランドの民話を検索し、在庫のあった2冊の本を購入しました。

  1. アイルランド民話の旅

  2. 子どもに語る アイルランドの昔話

これらの本には合わせて40話ほどのお話が収録されています。日本の昔話がそうであるように、アイルランドもケルトの時代から伝わる民話がたくさんあります。

文字を持たない古代ケルト人の祭司(ドルイド)の中にはフィリーという地位の者たちがいてつねに王の隣に座り、家系譜や土地の名前の由来などの歴史を暗誦することを求められ、200以上の物語を暗記し、時の権力者や英雄への賛辞の詩や敵を打ちのめすような風刺の詩を作ることもできたとあります。*1(インテリ悪口も得意そう。前世の堀元さんがやってたかも)これらの能力を培うには12年もの歳月が必要で、フィリーは高い地位や特権を与えられていたそう。

その後キリスト教の伝来や多種類の移民の流入、そしてジャガイモ飢饉を始めとした様々な災害に見舞われたケルト人たちは新天地を求めて海外へと出ていきましたが現在でも物語は残り、子どもたちに伝わっています。(実際には文字のない古代ケルト人ではなく他文明との交流によって文字に残され、現在に伝わっているためその形の正確性は懐疑的だそうですが)

*1: 渡辺洋子 岩倉千春. アイルランド民話の旅, 三弥井書店, P6-7.

まじめな話はここまで

さて、ここまでは私とアイルランドの出会い、そしてアイルランド民話に興味を持つに至った経緯をお話してきました。

2冊の本、そして渡航後書店で買った現地の児童書*2を読み、ふーんこんなお話があるんだ…で済んでもよさそうなこの話。

なんでアドベントカレンダーの一画をもらってまで記事を書くにいたったのか?それはあまりのツッコミどころの多さを、まだアイルランド民話を知らない皆様に少しでも伝えたい。一緒にツッコんでほしいからです。

というわけで無数にある民話の中からいくつかのお話をかいつまんでご紹介したいと思います。(英語の本に関してはAIと私の拙い英語力で翻訳したものなのでニュアンスが違う可能性があります。ご了承ください)

*2: Favourite Irish Legends

ほなやるで

  1. ハープをひくハチとネズミとゴキブリ

    あらすじ

    貧乏な母子家庭の母親が、とうとう食べるに困り飼っている3頭の牛のうち1頭を売ってお金に変えるよう息子に頼む。しかし牛を連れて町に出た息子は大道芸人のような男が披露するハープをひくハチと踊るネズミとゴキブリ、そしてそれを見て踊り笑う聴衆に惹かれてハープ&ハチセットと牛を交換してしまう。帰宅した息子は母親にハープをひくハチをみせ、一時は踊り笑い喜ぶ母親だったが冷静になるとなんて事をしてくれとるんじゃと怒り心頭。その時は後悔した息子も次の日になるとまた同じ事を繰り返し、とうとうハープ&ハチ、ネズミ、ゴキブリを3頭全ての牛と交換してしまう。途方に暮れる親子だったが町の噂を耳にする。それは、7年間も笑わないお姫様を3回笑わせることが出来たらどんな者でも婿入りできるというもの。息子は無事にハープ&ハチ、ネズミ、ゴキブリを使ってお姫様を3回笑わせることに成功し、無事お姫様と結婚した息子と母親は幸せに暮らしましたとさ。

    話全体はまあ分かるような気がします。おそらく大道芸人のような男の正体は神の使い的な者で、普通は絶対に交換しないような条件を最後まで達成することで成り上がる長者伝説的な物語。

    しかしね、メンバー構成どうなっとんねん

    ハープを弾くハチ←わからん ネズミとゴキブリ←きったねえ

    あらすじからは省いたけれど、ネズミに至っては新たなご主人のため3回目の笑いを取るために一工夫するなどの貢献をしてくれます。こういう物語にゴキブリが出てくるの初めて見た。あと、最後は突然話者の自我が出てきて結婚パーティに参加したという話が出てくる。本文をそのまま引用します。

    わたしもよばれたんですよ。おみやげにはくつ一足、肉入りスープ、それにパンで作ったスリッパをもらって、さかだちしておどりながら帰って来ましたっけ。(渡辺洋子 茨木啓子. 子どもに語るアイルランドの昔話, こぐま社, P43.)

    パーティーのお土産で靴もらうことあるんだ。そしてパンで作ったスリッパってなに?履物2種類って癖強くない?ほんで、最後なんて???

    この調子で次にいきます。

  2. Lazy Annie and her Amazing Aunts

    あらすじ

    あるところにとても美しいがとても怠惰な娘(アニー)がいた。働いたことがなく母親に怒られてばかりいたが、ある日母親の叱り声を通りかかった王子様に聞かれてしまう。なぜ娘を叱っていたか尋ねる王子様に対し娘が怠惰だからとは恥ずかしくて言えず、働きすぎだからと嘘をつく。

    王子様は国一番の働き者である母親に紹介したいと娘を城に連れて帰るが、二人は道中恋に落ちる。王女になれると喜ぶ娘だったが、城につくやいなや働きぶりを証明するために明後日までに糸紡ぎをするよう命じられ窮地に陥る。その時謎の老女が現れ結婚式に招待してくれれば代わりに糸紡ぎをするという。娘は快諾し、期日までに完璧な糸が完成する。

    またその糸を織って布にしろと命じられるも結婚式の招待を条件に別の老女に助けられ、またその布をシャツにするよう命じられると別の老女が現れて助けられる。

    無事働きぶりを認められ計三名の老女を結婚パーティーに招待することになった娘だったが、当日娘の叔母として参列した三名の老女はそれぞれ非常に大きな足・大きな尻・真っ赤な鼻を持っていた。

    そのことについて女王から尋ねられた大きな足の老女は「(糸紡ぎのために)ずっと立ちっぱなしだったから」と答え、大きな尻の老女は「(機織りのために)ずっと座りっぱなしだったから」と答え、鼻の赤い老女は「(ずっと裁縫をしていたために)鼻血がでちゃったから」と答えた。

    王子は娘が働いたことの無いことを知り、アニーは老女がいれば一生働かなくていいことを知った。

    ええんか?それでええんか?特に教訓もなにもない話…

    後日談もなくスパッと切れている(後日談がないのはこの話に限らず結構ある)ため、アニーは特になんもしてないけど(多分)王女になり、老女に結婚式きていいよ~って言っただけで今後働かなくていいらしい。

    夢のようなサクセスストーリーだ。あんまり子どもに聞かせたくないなこの話。

  3. ショーニーンの竜退治

    あらすじ

    跡継ぎが生まれず困った王が助言者に助けを求め、とある場所でつかまえた魚を王妃に食べさせれば子どもができるという。王妃様に焼き上がった魚が運ばれたが、その調理をする過程で料理人がその一部を、また庭に投げられた残飯を雌馬と猟犬が食べた。

    それからすぐに王妃様に男の子が生まれ、料理人も男の子を、牝馬と猟犬はそれぞれ二匹の子を産んだ。

    二人の男児は一緒に別の場所で育てられ、そっくりに成長し、見分けがつかなくなった。成長した二人は城に戻されるも我が子ではない子を疎んだ女王は料理人の息子・ショーニーンを城から追い出すことにする。ショーニーンは共に生まれた馬と犬を一匹ずつ連れて出ていき、なんやかやあってヤギ飼いの家で働くことになる。

    ヤギに草を食べさせるため山にいったショーニーンだったが、もっと草のある土地を見つけ入り込むがその土地は巨人の持ち物で、ショーニーンは戦った結果巨人を倒す。また次の日も別の草が豊富な土地に入り、昨日倒した巨人の兄弟が出てくるがまた倒す。また次の日も。

    計三体の巨人を倒したショーニーンは更に三体の巨人の母親までも倒してしまう。

    巨人の母親からもらった屋敷に住むことにしたショーニーンだったが通りがかりのお姫様に難癖をつけられ、竜退治をする予定の黒い公爵が戦いに来るかどうか確かめるよう命令されるも、見つけ出した黒い公爵は戦いが怖くて震えていた。

    代わりに竜退治に行くことにしたショーニーンはなんやかやあって竜も倒し、負ければ生贄として捧げられる予定だった王女も救って恋仲になり、めでたし…と思いきや、一頭のシカが挑発してきたために例の馬と犬を連れてシカ狩りに出るショーニーン。追いかけた先はなんとあの巨人達のおばあちゃんの家で、その老婆は孫たちの敵討ちのためショーニーンを襲う。片方59kg、爪が38cmもあるボクシンググローブをはめて

    石にされ負けてしまったショーニーンの代わりに今まで完全に空気と化していたもう一人の主人公、王妃様の息子・シェーマスが仇討ちに行き、見事老婆に打ち勝ち、石にされたショーニーンも元に戻すことができて、今度こそめでたしめでたし。

    さて、私が今回この記事を書くに至った一番の理由となるお話である。

    なんだか起承転結で済まない色々なお話がひとつになっている物語で、なんと類型の話がアイルランドでは327話も伝わっているそうだ。多すぎるぞ。(ちなみに竜退治の類型に至っては652話記録されているという)

    私のまとめたあらすじで伝わりきらないが、最初から最後までずっとぶっ飛んでいるものの、巨人たちを倒して竜退治をするくだりぐらいまではなんとか耐えられる。巨人の母親は倒されるのを長い奥歯を地面につけて支えにすることで耐えたりするので全く普通ではないが。しかし、老婆がずるいのである。それまでまったくのファンタジー展開で、剣と魔法のRPGみたいな世界観だったのに急にステゴロ勝負になる。この話は実はゆサD内にあるいくつかのボイスチャットの部屋を使い数人の方に朗読をしたことがあり、この展開を初めて目にした私はあまりの事に笑いで30秒ほど続きを読めなくなってしまった。なにせ老婆は大変重く、爪もあるタイプのボクシンググローブを突然装着するのである。

    ちなみにアイルランド民話に強い老婆は度々出てくる。その記事がこちらなのだが、googleの翻訳がずるい。

    はたしてこのHag(ババア)がこの老婆と同一かは分からないが、関連がないことは無いと思う。

    最後の行はこのめちゃくちゃな物語をよく表しているし、語り部の自我が表出する。短いのでそのまま引用しよう。

    それから二人は家にもどり、ショーニーンと奥さんはそのあとずっと幸せに暮らした。かごで数えるほど子どもがうまれて、シャベルですくって放り出した。あるとき、わたしが通りかかったら、二人はわたしを中に入れて、お茶をごちそうしてくれた。(渡辺洋子, 岩倉千春. アイルランド民話の旅, 三弥井書店, P98)

いかがでしたか?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

もう期限が迫っている、というかJSTに準拠すれば完全に遅刻しているため、まだまだ紹介したいお話はありますが一旦このあたりで終わりといたします。また機会があれば続きを書きたいと思いますし、引き続き調査していきたいと思います。

またお目にかかれますよう。ほなね