2026年8月13日、アムネスティ・インターナショナル日本の中国チームが、監視・情報統制をはじめとする中国政府による市民の深刻な人権侵害についてのオンラインセミナーを開催しました。今こそ聴くべきお話だったと思います。ただ、配信のアーカイブは誰でも見られるものではなく、またリンクも共有してはならないため、私なりにまとめたメモをこちらに残します。
※中国チームの活動等については以下のページをご参照ください。
https://www.amnesty.or.jp/get-involved/act/team/china.html
※講師の鈴木賢教授も2019年秋から訪中できておらず、内容は主にインターネット等で入手した情報に基づくとの断りが初めにありました。"研究者が中国に行けない"という状況からも中国政府の人権侵害の深刻さが窺えます。
①総体的国家安全観
・習近平体制以降打ち出されたもの
・総体的=政治や軍事のみならず経済や文化などあらゆる分野に及ぶ安全の総体
・一党独裁体制の維持を図るもの
・2015年に国家安全法成立、以後これに関連する法体系が整備されていく
・裁判所の主な任務も、市民の救済ではなく「国家安全を守る」ことと位置付けられる(反転覆、反分裂、反テロ、反邪教闘争を深化)
・電子技術を用いた監視システム。メカニズムは不明。ただ最近その一部が漏洩
☞境外人員動態管控平台(外国人の監視
システム)の内容が明らかに。私生活
の動態やあらゆる個人情報が格納
・中国国民も情報集約システム下にある。情報統制は前からなされており(=個人档案)、それを電子化し更なる拡充をしたもの。公安局が管理。市民には閲覧も訂正もできない
②2018年の習近平による憲法改正
・国家安全法制の重要な契機
・「共産党の指導」を条文化
・事実上の終身制が復活(国家主席、副首席の任期が撤廃)
・国家監察委員会を設置
・個人崇拝が進む。憲法の私物化。(毛沢東思想、鄧小平理論と並び、「習近平新時代中国特色社会主義思想」なる文言を盛り込んだ)
⇨憲法が独裁権力維持の手段と化した
③国家安全法制の急ピッチの整備
・独裁体制の維持に危機感が生まれている
・2015年 国家安全戦略綱要→国家安全法採択
・同年 709事件。人権派弁護士が一斉拘束
・2016年 新疆で100万人を超えるウイグル人が拘束。職業技能教育訓練センターに収容。民族浄化が進行している
・総体的国家安全観を脅かす主体として、境外反中勢力(香港、台湾、外国といった中国法の及ばない地域)、少数民族、宗教を定める
④相次ぐ国家安全確保のための立法
・反テロリズム法やNGOを狙い撃ちにした法律などが立て続けに制定。
・2026年 民族団結進歩促進法(外国人にも適用)、出入境管理条例(9/15施行予定。事実上の鎖国)
・国旗、国章、国歌にまつわる法律。(鈴木先生いわく「高市早苗、自民党政権は中国共産党のあとを追いかけている」)
⑤中国的人権論の特徴
・天安門事件以降、国際社会からの批判を受けて、マイナスイメージの払拭のため人権に関する取り組みが行われる。
・それまでは中国共産党は人権を「ブルジョワジーの概念、資本主義のもので社会主義のものではない」として否定
・人権の主体は個人ではなく集団としての人民とする。言論の自由等よりも「人民」の生存権、発展権を重視
・党や政府は人権を守る存在として位置付けている。上からの人権保障。
・2004年の憲法改正で「国は人権を尊重し、保障する」の文言が追加
・対外宣伝のため、様々な人権に関する国際条約に加盟、国連の人権活動にも積極的に参加
・「義務なき権利なし、権利なき義務なし」として、憲法には人民が守るべき義務、禁止事項が多く記載。憲法を遵守する義務を課し、国の統一、諸民族の団結維持、祖国防衛を国民の義務とする。
⇨人権を「義務を果たすことで与えられ
るもの」としている。
⇨権力の制御を目的とする近代立憲主義憲
法とは異なる内容。
・国家人権行動計画書(人権白書)……基本的に自画自賛。
・第5期の人権行動計画を見ると、❶最初に経済社会文化的権利(生存権、発展権)が来て、次に市民の人権・政治的権利が来る❷環境権に注目し始めている❸特定グループ(マイノリティ、社会的弱者)の権利。少数民族、児童、高齢者、身障者が該当する。これ以外の、LGBTQ+や外国人などは人権問題として認識されていない➍判例や具体的な人権侵害に関する分析がない
・国際人権規約に関しては、❶社会権規約は批准。ただし留保あり(中国共産党の指導下にある中華全国総工会以外の労働組合が結成できないetc.)❷自由権規約は調印のみ。批准なし。国内法との抵触が多すぎる
⑥強まるインターネットの規制
・外国サイトへのアクセスを規制
・VPN使用者を警察が取り調べる。摘発はとても"恣意的"、市民に萎縮効果を与えることが目的なので虱潰しに逮捕という感じでもないらしい※2026年7月には中国共産党に批的な書籍(『唯紅花綻放』)を販売したとして香港で独立書店が摘発。
⑦民族団結進歩促進法(2026年)
・基本的法律として出された(民法典や刑法典などの国の骨格を形成する上位の法律)。序言付き。とても珍しい
・「中華民族共同体(習近平体制で新しく打ち出された概念)の鋳牢」
・民族区域自治を事実上撤回した(既存の法律に矛盾しているが上書き)
・漢民族ナショナリズム。漢語の使用を義務とし、子どもに漢語を教えることを父母の義務とする
・外国人にも民族団結を破壊等した際は適用
・石榴精神……習近平が前から言っているもの。少数民族をザクロの粒に喩えて団結を呼び掛けるプロパガンダ。
⑧国家通用言語文字法改正(2026年)
・中華民族共同体の鋳牢のため
・通用言語=普通語(標準漢語)、文字=規範漢字(簡体字)の使用を強制
・国家機関、学校教育、ラジオやテレビも対象。漢語地方方言(広東語etc.)、繁体字、少数民族言語を排斥(独裁国家の特徴)
⇨cf. 台湾の国家言語発展法
国家言語を国語(台湾華語)、台湾手
話、台湾語、客家語、原住民諸語と
定める。多言語社会。
⑨出入境管理規程(2026年。9/15施行予定)
・出入境管理法(2012年)第12条に出国禁止事由が規定。5項には「国家の安全や利益に危害を及ぼす可能性がある」と明記。
・出入境管理規程は、これを具体化し今までやっていたことを明文化したものであり、全く新しいルールではない
・日本への渡航を一律に禁止することも、この規定により可能になる
・中国の人民に渡航理由を尋問できるようになる。電子データ(スマホやパソコン)の提出も強制
・ビジネスや技術移転なども規制対象
・出国禁止事由の説明義務はない
・海外にいる中国人が帰省する際にも適用されるため、中国から出られなくなる危険性が高い
ex. 北海道大学の袁克勤教授がスパイ罪
で懲役6年。2026年に釈放も軟禁が
続き、日本に帰って来れていない
ex.日本のビジネスマンの拘束も相次
ぐ。レアアースを含む軍民両用品の輸
出に関して摘発されたものも。
高市の「台湾有事」発言の対抗措置
⑩憲法保障制度について
・2018年くらいから改革が進む。
・憲法と下位法令との抵触を解消し、憲法の実効性を担保するための制度。
・全国人大の「法律委員会」を「憲法法律委員会」に改称、合憲性審査を担う。各制定機関ら法律を制定する際、全国人大にも提出し審査を受ける。毎年審査結果が公表。どの法令が違憲で修正されたかが公開される。
・ただし、問題とされた条文の箇所はどこか、どの地方で作られた条文か、審査の結果どうなったか等が不明。ごく簡単な記述にとどまる
・多くは廃止を命ずるのではなく(権限はある)督励の形をとる。組織間の軋轢を避けるためか
・法律の違憲審査は始まっていない。行政法規以下の下位法律の合憲性審査のみ。(法律を作るのは全国人大であり、審査も全国人大なのでそもそも意味がない)
※例として、❶犯罪者家族の連座を定める規定(→是正の督励)、❷少数民族語の教育を推進する条例(→憲法の「普通語の普及」という人権侵害の規定との抵触。その後少数民族語教育が制限された)、❸刑罰を受けた人を最低生活保障費の支給対象から外した行政規則(→是正建議される)、❹身障者用電動車椅子の登録を地元住民以外に認めない地方性法規(→違憲の判断が下るがその後どうなったか不明)が紹介
【まとめ】
・国家安全への危機意識の高まりから、市民の監視やコントロールの仕組みが強化されている
・法律だけでなく憲法も人権抑圧の"武器"となっている
・NGOや人権派弁護士、公益訴訟がほぼ絶滅。人権運動は弾圧されている
・中国共産党の権力が拡張し続けており、党と国家が一体化
・人権のゆくえを規定する要因……
❶第21回党大会での人事。後継者の指
名、習近平の任期期間、党主席の復活
❷経済。景気、失業率、不動産市況
❸国際社会。米中対立、ウ侵略、イラン
【Q&A】
Q1.中国国民の現政権への支持は総意?
A1.SNS空間も規制され、政権批判はリスクが高く、政府に封じ込めれているため、調べる術がない。結社や集会もできない(組織間で横の繋がりを持つのも難しい)ので可視化はされないが、それをもってして「支持」とはみなせない。大災害の発生、経済の悪化が加速すれば不満は表面化するかも? 中国の人々はたいへん"我慢強い"上に、政治から離れた所で暮らすか、体制の中でのしあがることで生活を向上させることに関心を寄せがち。体制への疑問や転覆には発想が向かず、そうした考えを持つ人々は中国から出ていっている。ただ、何か大きなことがあれば市民が立ち上がる可能性はある。
Q2. 日本から中国の民主化を支援するにはどうすればよいか。その際に日本と中国双方にどんなリスクがあるか。
A2. 中国にいる市民に日本から直接支援することは中国人にとっても危険。日本は今「避難所」になっており、中国の活動家が既にたくさん来ている。中国を変えるための準備に一時的に滞在し団結を図っている。日本は彼らのために安全な空間を提供すべき。排外主義に反対し、外国人の更なる受け入れ体制を整えることこそ、今最も日本人がやるべきことであり、中国の市民の解放のためにもなり、最終的には日本の利益にもなる。高市政権はこれと真逆のことをやっていて問題。
Q3. 民族団結進歩促進法は国際法に違反しないのか。また、国内の民族自治の諸製作にも矛盾しないのか。
A3. 違反しうる。日本も同様。ただ、是正する仕組みがない上に、守らせる強制力がないので、言論による批判をするしかない。また、従来の民族政策にも違反する。それまで56の民族は全て平等と謳っていた。「進歩促進」は漢民族を主体とし、他の少数民族を劣ったものとする差別的な概念なのに、法改正や憲法改正もせずに新しい法律で"上書き"している。中国には矛盾を意に介さない特徴があり、古い法律より新しい法律を優先する伝統がある。経済的な合理性を優先し、少数民族のアイデンティティーを弱める動きがある(かなり前から、少数民族の子どもたちを親許から離して寄宿舎に住まわせ、普通語で教育を施している。あと20年この動きが続くと事実上少数民族は滅びる)
Q4. 中国国内のLGBTQ+のコミュニティは弾圧されているのか。当事者は法的に取り締まりを受けているのか。
A4. 刑罰を課す法律はないが、存在することを想定した公的な制度もない。よって人権問題という認識もない。また、未だにコンバーションセラピーが行われている問題がある。セクシュアルマイノリティーは国外に脱出しつつある。もちろん出られない人もいる。かつてはゲイ向けの(マッチング)アプリもあったが、今はない。トランスジェンダーが置かれている状況は輪をかけて深刻。30歳までに自ら命を断つ人はたいへん多い。NGOも厳しく取り締まられ、映画祭やレインボーパレード等の催事もできなくなった。LGBTQ+の運動は「境外勢力による介入」とみなされ、弾圧の対象となっている。独裁体制が進めば寛容度が下がり多様性は目の敵にされ失われてゆく。全てをひとつの色に染めようとする。
【最後に鈴木教授から】
中国で起きていることは日本でも起きている。自分の問題として捉えるべき。日中ともに、安全保障や国家安全を名目として政府が個人の人権や自由の制限を正当化している。お互いに不幸な話。「首相同士が会えない」ことをもって日中関係がどうとか言うのは烏滸がましい。民間でもっと盛んに交流すべき。次の時代の準備を長いスパンでしていきたい。関心を持ち続けて欲しい。