好きな子に言われたら嬉しい言葉第一位

shuffle
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「ねぇ、春になったらさ」

中学のとき、好きな子がいた。

当時の僕は今にも増しておしゃべりが苦手な奴で、へらへら笑いながら小さな声でモゴモゴ何かを言って、またへらへらしてる様な、そんな奴だったから、休み時間はもっぱら1人で読書してたんだけど、たまたまそのとき、くだんねーとか思いながら読んでた恋愛小説が、その子の好きな作家の本だったらしくて、その本知ってる!好きなの?とか、話しかけてくれて、会話の内容は覚えてないけど、というか、僕はモゴモゴへらへらしていただけだったから、会話なんてなかったようなものだけど、それからその子は、ときおり僕の読んでる本を覗き込んでくるようになって、そのたびに、少しずつ話をした。

もちろん僕は最初に話しかけられた瞬間から恋に落ち続けていたんだけど、落ちるところまで落ちた冬のある日、僕らは2人とも別々の高校を受験する事になっていて、その頃には僕も休み時間に読書じゃなくて勉強をするようになっていて、でもその日は、あの作家の新刊が出た次の日だったから、今日くらいはと思って、本を読んでいた。

それで僕らは、久しぶりに話をした。

勉強はどう?とか、今日は勉強しなくていいの?とか、寒いね、とか、もうすぐ受験だね、とか、その小説わたしも読みたい!とか、読み終わったら貸してくれる?とか、あ、でもわたし読むの遅いから返せなくなっちゃうね、とか。

僕はいつも通りモゴモゴへらへらしようとしたんだけど、受験のプレッシャーとか、寂しさとか、悲しさとか、そういうあんまり良くない感情に喉を塞がれていて、何も言えなくなってしまった。

やがてその子も黙り込んで、沈黙の中で僕らは受験とか、その先の別れとかについて考えていた。

そういえば、その子はいつも僕に話しかけてくれたけど、僕は気の利いたことの一つも返すことができなくて、それでもその子は僕に話しかけてくれて、でももうすぐそれも終わりで、このまま終わったらほんとうに何も返すことができなくて、もしかしたら今を逃したらもう二度と話す機会がなくて、一生後悔して、それは嫌で、でも僕にできるのはモゴモゴとへらへらだけで、今日はそれすらできなくて、情けなさとか悔しさとかで、もう次の瞬間には泣き出してもおかしくないぞってときに、

ねぇ、春になったらさ

その子が僕に向かってそう言うのが聞こえて、それを聞いた瞬間に、妙に安心してしまって、僕にもその子にも、同じ春がめぐって来るのだと、うれしくなって、いつもの倍くらいへらへらしてしまった。

でもすぐに先生が教室に入ってきたから、その先を聞くことはできなくて、結局それから卒業までも、その後も、その子と話すことは無かったから、あのときその子が何を言おうとしてたのかはわからないけど、僕は春になると、その日のことを思い出す。