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ルビを振る

sikakuimado
·
公開:2026/8/22

午後、ダラダラと日用品の買い出しに出かける。買い物を済ませてドラッグストアを出たらとんでもなく暗雲が垂れ込めていて、いつの間に日が暮れたのかと思った。嫌な予感を抱きつつ道を急いだものの、あえなくゲリラ豪雨に降られる。幸い傘は持っていたけれども、それも無に帰すようなあまりの雨脚の強さに負けて建物の軒下でしばし雨宿りした。雨宿りという行動を取ったのも本当に久しぶりだ。元々はドラッグストアを出たらスーパーや八百屋に寄って食料品も買うつもりだったが、あの雨の中を店まで歩いていくのも買った食料を無事に持ち帰るのも無理そうだと判断してまっすぐ帰宅した。あと一時間早く家を出ておくべきだったぜ。びちゃびちゃになったのがダル着とサンダルだったのがせめてもの救い。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

川端康成『雪国』の冒頭の「国境」をずっと何となく「こっきょう」と読むものと思っていたのですが、最近になって意味からすると「くにざかい」では?と気づいた。しかし「こっきょう」の方が響きとしては綺麗だよなあと悶々とする気持ちもありググってみたら、どうもとっくに議論の的になっていたらしい。そりゃそうか。

『雪国』冒頭をめぐって :: 同志社女子大学

日本国内を舞台とする作品であるという文脈を踏まえると「くにざかい」と読むのが正しいんだろうけど、「こっきょう」と読む派がいるのはやっぱりそちらの方に何かしら美しさがあるからだろう。基本的に作者の意図って作品読解においてそこまで重視されるべきものではないと思っている方だが、この件に関しては川端康成本人にどう読まれるつもりで書いたのか尋ねてみたいところ。