仁義の人

オパール
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私の姉は二人いる。私は三姉妹の末子で、上の二人とはそこそこ歳が離れているものの、姉妹中は良好で、よく母と三姉妹の四人で出かける。

なかでも、ひとつ上の姉は、名前に"仁"の文字が入るだけあり、とても情に厚い。人にも厳しく、自分にはより厳しいが、一度許した相手へはとことん力になる人。あまり裕福ではない我が家で、私の進学のために父親と口論した人。

私が高校の頃だったと思う。次女が派手に父親と口論したことをよく覚えている。長女は簿記の専門学校、次女は高卒後に公務員として働いており、なんとなく私も高校卒業後は公務員、と思っていたのだが、次女はそうではなかったようだ。父親に、私を大学に行かせるべきだ、と訴え、父親はにべもなく却下。次女がどれだけ言葉を重ねても、「自分の時代は高卒で十分だった」の一点張りで、てんで話にならなかった。

私自身、大学へ行ってまでして学びたいこともなく、大学への憧れはあれど不満はなかった。学年主任の先生が「進学は未来の自分への投資」と話していたから、より一層、投資に値する人間ではないことを自分が一番分かっていた。

ただ一足先に社会に出ていた次女は、学歴が生む差を現実的に危惧し、私のことを案じていたのである。次女は私のために、学費を全て持つとまで言った。それでも父親は頑なに首を縦には振らず、私も次女の後を追うように同じ道へ進んだのだが。父親が私の進学を渋った一番の理由は学費だろう。パチンコが好きなあの人は、子供の進学費用より明日の自分の遊ぶ金のほうが大事なのだ、と母や姉たちが忌々しそうな表情を浮かべていたことも覚えている。

一時期は次女自身が進学したかったのではないかと考えたこともある。身内の贔屓目を抜きにしても、次女は頭が良い。学業的な意味では勿論、地頭がいいというか、頭の回転が早く、論理的に物事を捉える力が備わっているし、自分の意見をアウトプットするだけの語彙力や表現力もある。上司に働きながら通信制の大学に通ってはどうか、と打診され、自治法や法律に関する書籍を贈られたことがある。本人はめっぽう嫌がっていたものの、確かに大学で様々な分野の教養を身に着けたら次女は更に活躍の幅が広がるだろうな、と思っている。

次女自身が大学生活に憧れが全くない訳ではないだろう。けれど、私のことを思って大学への進学を進めたのだろうな、とようやく理解したのは、恥ずかしながら、働き始めて学歴マウントや収入差について知ったときだった。

私自身がマウントを取られてはいない。むしろ、高卒で入ったこともあり、当時の職場は比較的アットホームで面倒見の良い人が多かったからかわいがっていただいた。ただ、学歴を重視する方とは接していれば直接言われずとも視線で感じるものがあるし、実際マウントを取っているところに居合わせることもあった。収入差に関しては、高卒で入った先輩が大卒同期の給料を聞き、それ以降飲み会での徴収額が変わった。自分が給与の担当になってからは、結構差があるものだなあ、とより現実を知ったものだ。

転職するにあたっても、やはり業種にもよるが大学卒業を前提にしているところは多く感じる。同年代に比べて社会人歴が長いことは強みになるかといえば、そんなこともなく。次女は一体どの程度先のことを予想していたのかは不明だが、いずれにせよ、自分よりも頭の回転の鈍い妹をよく進学させようと思ってくれたな、と何歳になっても思う。

私が末子だからなのかもしれないが、妹の進学費用を全額負担する、という姉もなかなかいないのではなかろうか。もともと父親とは折り合いが悪かったが、私の進学先に関しての口論以降、父親と次女はほぼ絶縁状態といってもいい。

次女と二人暮らしをして約八年、普段はあまり年齢差を感じさせない姉のような友達のような良好な関係だが、親族が亡くなったときや親戚一同コロナに罹患したときなど、トラブル時にとても頼りになる。経験の差なのか、性格故なのかはわからない。

ただ、トラブルがあったとき、私はいつもサポート役で、次女は指揮を執るほうが上手いし、的確だ。次女の背中のなんと頼もしいことか。その頼もしい背中を見るたびに、私は少し自分が情けなくなると同時に、いつまでたっても埋まらない年齢差に、経験差に、憧れを抱く。不測の事態に動じない姿、すぐに対応案を模索する、行動に移す。どれも、私には欠けている。

次女の背中はいつだってまぶしい。自己肯定がやたらと低いが、私からするとこの上なく優秀で自分と血がつながっているとは俄かに信じがたい。常に正しいことが、良いことばかりではないと知っていて、それでも尚正しい道を選ぶような人。本当に、自慢の姉だ。

てんで役にも立たない、ポンコツな妹ではあるが、姉の仁義に酬いることのできるような人間でありたいと思う。とりあえず、老後の世話は任せてほしい。歳が離れている利点を発揮し、頑張ろうと思う。

@sio2_nh2o
服とジュエリーが好き