連続テレビ小説、通称「朝ドラ」の「虎に翼」が面白い。
そもそも朝ドラ自体、実家にいる頃に惰性で見ていた程度しか思い入れがないので、実はあまりちゃんと見たことがなかった。最後まで「見た」と言えるのは多分「あまちゃん」くらいだと思う(調べたら11年前だった。まじか)。そんなわたしが、毎日朝が楽しみになるほどにハマっている。
女性初の弁護士の一人で初の女性判事となった三淵嘉子さんをモデルに、差別や不均衡、権力の横暴や戦争など、さまざまな社会的理不尽に直面しながらも前に進もうとする主人公・寅子(伊藤沙莉)の生涯を描いていく。
5/13~5/17放送の第7週「女の心は猫の目?」では、実務修習を終え晴れて弁護士となった寅子が、依頼人から断られ続けた末に、ついに「社会的地位を得るため」結婚を決意するまでが描かれた。
女学生時代に「結婚して妻(無能力者)として生きること」を「地獄にしか思えない」と言い、母・はる(石田ゆり子)を説得して女子部法科へと進んだ寅子。けれど現実では資格のある弁護士であったとしても「未婚の女性」では頼りないという風潮が根強いことを痛感させられてしまう。
ともに学びお互い憎からず感じていた花岡(岩田剛典)の婚約もとどめの一撃となったのか、「結婚して一人前」という「ばからしい考え」に迎合せざるを得なくなる。だが年齢や弁護士という職業の堅さもあってか、お見合い相手はなかなか見つからない。途方に暮れていた頃、かつて書生として同じ屋根の下で暮らしていた優三(仲野太賀)からの提案を受ける形で、彼との結婚を選択するのだ。
その時の台詞がこうだ。
「優三さんも、社会的地位が欲しいの?」
それに対して優三は言い淀みながらも「独身男性への風当たりは強い」と答える。それを聞いた寅子は神妙な面持ちでしばし考えた後、優三と契約成立のごとく握手を交わすのだ。そしてこう、一言呟く。
「その手があったか……!」
わたしはこの寅子の様子に好感を抱いた。それがあまりに露骨だったからだ。
「結婚」とは、婚姻関係を結ぶという言わば「契約」だ。法的に言えばそれ以上でもそれ以下でもない(とはいえそれが戸籍上"男女"でなければ結べないというのは法の下の平等に反するとわたしは思っているが)。
だから、寅子の選択はただしい。互いの利害が一致しているために為される契約は、往々にして利益(劇中では「うま味」と表現されていた)を生む。
婚約した寅子はその効果なのかは定かではないがめでたく法廷デビューを果たし、やっと名実ともに弁護士としての一歩を歩み始める。
だが週の最後に、実は優三がずっと寅子に対して恋愛感情を抱いていたことが明かされる。しかし寅子はそれをお得意の「はて?」で返すしかなかった……。
そんな感じで終わった第7週だが、この2人の「結婚」に対して、さまざまな声が上がっている。
最近のわたしは8時15分にドラマが終わった後、ツイッターのタグ検索やおすすめタブで「虎に翼」の感想をたどるのが午前中の日課になっているのだが(仕事せいよ)、今週はあまりたくさんたどれなかった。
理由は、優三の恋心に気がつかない寅子を「鈍感」となじるように語っていた人がいたり、「いつか(優三への)本当の気持ちに気付くといいね」といった声があったりして、なんだかしょんぼりとしてしまったからだった。
他者の恋心に気付かないことは、悪いことなのだろうか。
「本当の気持ち」とは恋愛感情でなければならないのだろうか。
あと、わたしをさらにしょんぼりとさせたのは、「ぼくはとらちゃんのことが好きだったんだけどね」と本音を吐いてそのまま寝入った優三さんに対して、「男ならそこで寝れるわけない」とか「好きな人が隣にいるのに何もしないで眠れるなんて」みたいな声があったことだ。
え????
2人が結婚をし「家族となる」選択をしただけではだめなのだろうか。
恋愛感情や性的な惹かれが互いの間になければ「結婚」は成立しないのだろうか。
そうではない結婚を入れ込んだ「物語」は受け入れてもらえないのだろうか。
そんなことはない、はずだ、と思いたい……(弱気)。
そもそもみんな、あまりにロマンチックラブイデオロギーを盲信しすぎじゃないか?
いや、別にロマンチックな恋愛そのものを否定しているわけじゃないよ。運命の恋とか、たった一人の人と添い遂げるとか、素敵じゃないのとわたしも思う。ロマンスを信じられる物語だって、基本的には好きな方だ。
ただ一方で、そうじゃない形があるのも当然だろうとも思う。
ちなみに「虎に翼」の脚本を担当しているのは、アロマンティック/アセクシュアルを自認する男女の共同生活を描いた「恋せぬふたり」の吉田恵里香さんだ。
それもあり、寅子を「アロマンティック」ととらえている人もいるようだ(Aスペクトラムに限らないが、そもそも表象が少ないがために、そうとは明示されていないキャラクターに対してその属性を当てはめて見る当事者も多いので、さもありなんと思う)。
とにかく、寅子が優三さんを家族として、心を許せる同志あるいは友人として信頼して、親愛の情を寄せていることはよくわかっているのだから、ことさらにそれを「恋愛」にくくる必要はないとわたしは思っている。
8週以降、どのように描かれるかはわからないけれど(三淵さんの人生に基づいてドラマが描かれるのであれば、2人の夫婦関係は悲しい結末を迎えるのだろう)、例え優三と同じ気持ちを返せなかったとしても、そういう寅子を「悪者」のように描かないで欲しい。
少なくとも、ロマンチックラブイデオロギーに迎合するような帰着にはしないで欲しい。
そういう「物語」を堂々と提示できる強度が、この作品にはあるとわたしは信じている。