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俊蔭 5

sjq
·
公開:2026/10/7

 家は貧しく、思うような養育もできない。十二、三歳になる年、娘の美貌は言い尽せないくらいで、周囲は光り輝き、見る人が眩しく思うほどだった。人柄も優れていると世に知れ渡り、帝も東宮も「入内させよ」と俊蔭に要請なさる。娘本人にもお手紙を出されるが、俊蔭も娘も返事はしない。さほどの身分でもない上達部や親王たちの手紙などは、開いて読むことさえしない。俊蔭は「娘の運命は天道にお任せする。天の掟があるのであれば、皇太后にでも妃にでもなるだろう。掟がなければ、山賊や賤民の妻にでもなるだろう。私は貧しい身であるから、高貴な方々との交際などとてもさせるすべがない」と言って、身分の高い人の求婚があっても、聞き入れることはない。家の門はすべて閉ざして、帝や東宮のお手紙を持った使い、その他たくさんの人の使いが夜明けに立ち並んでいても、出入りさせることはない。ただ琴を習わせて月日が過ぎていくうちに、「俊蔭は朝廷に二人といない者である」ということになり、治部卿を兼ねた宰相に任命された。

 そうこうするうち、娘が十五歳になる年の二月に、突然、母が亡くなった。それを嘆いて、父も病床に伏してしまった。

 父が弱々しくなって、娘を呼んで言うには、「わたしが生きているうちいずれ、おまえに高貴な方々との交際をさせてやろうと思いはしたけれど、若くして知らない国に渡り、この国に帰ってきても朝廷にお仕えしないで時が経ったものだから、貧しくて、おまえの将来のことは決めずじまいになってしまった。もう天に運命をお任せするしかない。わたしが所有する荘園は、あるいは多くあるのかもしれないが、どれがわたしの土地であると判別できる人もいないだろう。いたとしても、知らせてくれはしないだろう。ただわたしが死んだ後、おまえのために、身近な宝となるようなものを贈る」と言って、近くに呼び寄せ、いろいろなことを言い置いて、「この家の北西の隅のほうに、深く一丈掘った穴がある。上下や周囲には湿気取りの沈木を積んである。その中に、いつも弾く琴と似たような感じの琴が、錦の袋に入ったのがひとつ、褐の袋に入ったのがひとつ、錦のは南風、褐のは波斯風と言う名前なのだが、それらの琴は、わたしを親と思ってくれるのならば、何があっても人に見せてはいけない。心のなかでは無いものと思ってほしい。ただそれは、未来にわたって宝となるものでもある。幸運があれば、その幸運が極まったとき、禍いの極まることあれば、本当に限界になり、命運が尽き、たとえば虎や狼や熊やけだものの中を彷徨って、わが身を与えそうになったとき、あるいは武装した兵士に殺されそうになったとき、あるいはこの世の中でひどい目にあいそうになったとき、そんなときには、今言った琴をかき鳴らしなさい。もし子供ができれたなら、その子が十歳になるまでは待ち、聡明で思慮深く、容貌も心も人より優れている子に育ったと思ったら、その子に相続するのがよい」と遺言をのこして、息絶えた。また同じころ、乳母も亡くなった。

 俊蔭は自らの意志で身をやつし、とくに財産もなく長年を過ごしたので、もはや一人の使用人も残らず、日が経つごとに物もなくなり、世間知らずの娘が一人残され、恐ろしくなり人目をはばかるようになってしまった。いるかいないかもわからないほど隠れ忍んで暮らしたので、往来の人々には空き家なのだと思われて、家を壊されさまざまなものを持っていかれることもあり、結局は寝殿ひとつのみ、簀子もなしの状態でただ一人暮らしている。そのうち敷地は野のようになってしまい、娘はただ、乳母が使っていた従者で、下屋に住みこんでいた人を呼んで使っていた。父の遺言にしたがってあちこちの荘園から献上されていたものも、こちらから使いをやって督促すれば持って来ることもあったが、このような状態になってしまえば、実際に荘園を管理しているものたちの懐に入るばかりであった。何気なく使っていた調度品なども、両親が亡くなったときの騒ぎで誰かに持っていかれたせいか、すっかり失くしてしまっていた。

 世間知らずの若い彼女の心持ちは、物悲しいものだった。春は花を眺め、秋は紅葉を眺めて明け暮らすだけである。世話をしてくれる老女が食事をすすめれば食べ、すすめなければ食べもしない。一人がようやく隠れるくらいの屏風、几帳、それと普段着るものだけは、色々なものがなくなったといっても、屋敷が広かったころの名残でまだ用意が残っている。亡き父は器用で風流な人だったので、屋敷は趣の深い場所であり、敷地は広く、植えられた木もいろいろで、草の様子、景色など、普通とは異なって風情があったものだった。それも夏になるにつれ、出入りし造園をしてくれる人もいないために、蓬や葎のような雑草までが蔓延って、訪れる人などはなく、ただ日々を傍観者のように過ごしているだけで、秋になって、草木の色が変わっていくのを見ているうちに、言いようもなく悲しくなってくる。

 わび人は月日の数ぞ知られける明け暮れひとり空をながめて

 このような歌をひとりで口ずさみながら、ただ物思いに耽っていた。