好きな役者が出演する、ほとんど(重要)歌がうまいと言われている俳優で構成されたミュージカル作品をセンターブロック前方の視界良好席で見ても、ほんとうにびっくりするほどつまらなくてスタオベはおろか一度も拍手をしたくない、悪口を無限に吐き出せると思うときもある。日本のミュージカルを作ってやるという気概をもって作ってこれなのか、とほんとうに夢も希望もなくなってぐったりした。登場人物の感情が大きく動く場面を設定し、メインの役者にに叫ばせ歌わせ、そのまわりでアンサンブルをガンガン踊らせたいのはわかるけど、その感情のてっぺんにもっていくまでの脚本がまったくうまくないのでつらい。またそのでかいセットが回って窓枠ぽいところからアンサンブルさんが出たり入ったりしてる、懸垂みたいな動き、腕の筋肉すごいですね、いやそこを見せつけるための場面じゃないだろう。説明ナンバーののっぺりしたメロディよ、こんなに物語がありそうでなんにもない脚本と演出よ、歴史の影で女も活躍していた、女と女を争わせる方向に向かわせたくないんだね、その要素は今そう入れるとキャッチーだもんね、でも気にするべきはそこばかりじゃないだろ……とつっこみどころの連続に次ぐ連続。一瞬の静止画として、センターに据える人の配置として、舞台上に美しい絵を描きたいんだなという意思は読み取ったけど、それっぽいことを匂わせる台詞の言葉の選び方やストーリーのガタガタした構成が舞台作品としてうまくなく、総合的にまったくおもしろいと思えずかなしかった。ミュージカル『イザボー』の悪口を書き連ねている。ショーアップ場面を作ろうという意思はめちゃくちゃ感じ取れる、むしろストーリーではなくその連続で作品を成り立たせようとしていたようにしか見えなかったのに、その絵も凡庸でなめられてるのか一生懸命やってこれかどっちなんだろうというつまらない作品に当たった時の思考をまたやってしまった。これくらいのものを作って役者ファンに媚びるような作品しか作れないなら日本オリジナルミュージカルを作るのは諦めろ。昔は(わたしはおもしろくなかったけど、この感想がおもしろいと思った人に読まれたらその人に失礼かな……)などと殊勝なことを考えていたけれど、面の皮が厚くなった。ある意味自分の意見に責任をとるという姿勢でいくしかないと腹を括ったのもある。だってつまんなかったんだもん。
好きな役者は出てなくていいのでおもしろい舞台が見たい、というか「好きな役者」という概念を自分のなかから消したい。「好きな役者を見てるのにおもしろくないなんて…」みたいな思考回路が無駄。
朝からハイカロリー。口の幅が足らないよ。
どうしちゃったの🦉🧶⁉️街中にほかにも毛糸のおべべを着せられたコーンがあったりしたので、街をあげてやっている取り組みなのだろうか。