2011年の今日は京都にいて、それゆえに周囲の人たちと同じ経験をしていないことへの罪悪感のようなものがずっとあるのだけど、付き纏い続けるのは経験をしていないことへの罪悪感ではなく、2011年3月11日以降、何かを考えて、考えたことを行動に起こせているか?という問いかけにきちんとした回答を待ち合わせていないことへのそれではないのか。
観劇の翌日って、なにか宿題を捧げ持っているような気持ちで過ごすことが多い。宿題というとものによってはポジティブな印象ではないたとえだけれど、こと趣味において、ああでもないこうでもないとこねくりまわして考えるべきことがあるのは喜ばしいことだ。
友人からもらったチョコレートのフォルムが良すぎて食べるタイミングをかなり逸してしまったけど、ようやくおいしくいただきました🐕
昨日よさげな百合根を見かけ、明日は絶対百合根とセロリの炒め物だ、と決めて今日1日を過ごしたため達成できてうれしい。安定の酒徒さんレシピ。しかし毎回新鮮に驚く規定の油の量を今回はやや控えめにしてしまったため、油分をやや控えた味になった。これが油分控えめの味だなとわかったのは一度以上規定の量で作ったことがあるからで、最初はレシピ通りに作って加減を知り、何回も作るうちに自分のちょうどいいあんばいを知ったりするのもまたおもしろいなと思う。
ちょっとわかった感じのことを言いつつ、明日以降のごはんのたねとして、また食材を賞味期限内に調理して息を長らえさせる目的で作ったねぎおから(なかしましほさんレシピ)、おからがレシピの3倍の量だったのに常にコンロ付近にある使いやすい小さめのフライパンで無理やり作ろうとしたところ、周辺にこぼしまくってたいへんなことになるの巻。結局パートナーに提案され、大きいフライパンへ移し替えるはめに。洗い物を結局増やす、ずぼら&そこつ&こぼしの三冠王です。そして毎回すべてのおからを卯の花的なものにするため、この出来上がってしまった給食でみなに配膳する直前の鍋です的ボリュームをいったいわたしはどうするのか……冷凍……先ほど炊き上げた発芽玄米の小分けを収納するにも一苦労だった冷凍庫よ……
平日は可能な限りお菓子を遠ざける準備。果たしてどうなるか。
昨日の舞台の最後のほうの、書き残すことへのこだわり、残すことで生まれるもの、残さない・公表しないことをよしとする側の無責任さとの対比、また前者の人たちの、自分たちは正しいことをやっているんだ、と思い切っているわけでもない、悩みつつそれでも書き残す選択を取る、という安易にナルシシズムに陥ることをよしとしない(ように見える)描かれ方はよかった。おのさんはゾルゲ(でよいのだろうか?)を演じているときのほうがチャーミングさ、食えない人間感がより表出しているようで好きで、そのチャーミングさは前作の長男にも通じるところがあると感じていた。