1月31日

socotsu
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SNSの友人の投稿で、今日が第十回日本翻訳大賞推薦作品の送信締切日と気づく。少し悩んで、直近の1年で自分が読んだ本の中から推薦可能な範囲に刊行されたチェ・ウニョン『明るい夜』を選び、メモしてあった感想をまとめて送った。

第十回日本翻訳大賞 推薦作品 く 送信完了 ご推薦ありがとうございました と書いてある画面

この作品では、日本統治下の時代を生きた曾祖母の時代から祖母・母・娘へとつながる、今も家父長制の中で苦しみ、もがく女たちのファミリーヒストリーが描かれているが、登場人物らにわたしが心を寄せることができるのは、この物語が日本語に翻訳されているからでもある。

関連して思い出してしまったけれど、つい昨日、日本での上演決定が発表された韓国ミュージカルについて、日本の観客に向けて上演するにあたり、日本の公式ホームページに時代背景等を補足して掲載すべきところ、あらすじをそのまま載せているにとどまっている、という批判が寄せられていることを知った。まだこれから上演する作品について、作品内でそうした背景が伝わるような内容になるかもしれないと想像しつつも、少なくともそうした内容の韓国ミュージカル作品を日本で上演するのならば、この作品は韓国でどのように受け止められているか、その上でなぜこの作品を日本で上演するのか等の制作側の意思表明をホームページ上で公開するべきではと思った。実際の内容はどうであれ、「政治思想」が強い印象を与える内容はなるべく宣伝情報として見せないほうがチケットが売れる、という意図を感じてしまうのはいじわるな見方だろうか。そもそも日本に生きる私たちの知識が貧弱すぎ、歴史認識が甘すぎることと、今回の上演に際した説明が足らないことは連動していると思うし、説明が不要なほど私たちに知識や歴史認識があれば、ということについても考えてしまう。

日本の作家の、念入りに取材したとおぼしき描写の細やかなナチス政権下の時代のドイツや周辺諸国を舞台にした小説にも、確かにうまいかもしれないけれどなぜこうした気概がある作家は自国の不都合な歴史を自分のテーマに選ばないんだろうか、と不思議に思うことが多いここ数年。その題材だからこそ書けることがある、というのはわかる、わかるのだけれど。別にミュージカルに限ったことではないのだろうが、自国の不都合な歴史を描いた日本のミュージカルどころか、そもそも日本のオリジナルミュージカル(原作なしオリジナル)自体に期待が抱けない。

そんなふうに「日本のミュージカル界」に絶望しながら見た、ミュージカル「NOW LOADING」がとてもよく、普段自分が好きでよく見ているグランドミュージカルと比較するのはまた違うかもしれないけれど、物語として、耳に残る楽曲が歌われるミュージカル作品として、リプライズも含めて好みだった。自分と地続きの世界で、日々の労働に消耗しながら生きる人の姿に励まされるミュージカル作品を初めて見た、と書いてから、労働ミュージカルといえば『君も出世ができる』(ミュージカル映画)は忘れてはならないのだけど、あっちはマッチョな労働者の姿を描くことで、過酷な労働は悪と思わせる(?)作品なので…と一気に思考がとんでしまう。サラリーマンゾンビの群れのシーンがまた見たくなってきた。

ミュージカル「NOW LOADING」は過酷な労働に耐えきれずに休職中(正確には欠勤)の人間が主人公なので、別に登場人物全員わけわからん寄り添えないミュージカルでもおもしろければいいんだけれど、題材としてもあまりにも身近で、週の半ばの平日夜に見ても心が帰ってこられるという意味では、自分と同じく労働に疲弊しているひとにもおすすめしやすい。ゲーム配信者の主人公ジョニと、ひょんなことからバディを組むことになったTAIがどんどん関係性を深めていくのを見守るだけのストーリーかと思いきや、ふたりがぎくしゃくしだすきっかけからの、最終着地点直前のTAIの正体の一捻りまで、物語としてもとても面白く見た。お互いのことを知らない前提からはじまる2者間での、互いの互いへの質問の投げかけ方「質問してもいいですか?この質問には黙秘権があります」というフラットなコミュニケーションも、個人的に非常に心地よかった。同時に、ジョニがあのときやってしまったと思ったように、労働に苦しめられてどうしようもなくなった状態で、自分も巻き込むようにだれかを傷つけてしまう、誰かが傷ついている現場に居合わせながら手を差し伸べる余裕がなく、他の人と同じように自分も目を背けてしまったこと自体に傷つく、という描写にもぎくっとした。一方的な被害者としてジョニを描かない、その細やかなバランスの取り方もとてもよかった。マッチョな職場の先輩に追い詰められ、休職中の主人公が配信者になるまで夢中になるゲームが、やり込み要素も強いが基本は生きるか死ぬかのマッチョなサバゲーということにおや?と思っていたら、仕事と戦場が重ねられ、対比するような台詞や歌が登場しだす、そのモチーフの扱い方も、「有害な男性性」というテーマの描き方がうまい。

また、歌唱が発生する場面設定として、わたしは違う空間にいるふたりがデュエットするミュージカル大好き人間なのですが、現代が舞台だと、なんとなくテレパシーが使えている(「ルドルフ・ザ・ラストキス」)のでも受話器をもって電話している(「スリルミー」)のでもなくオンライン配信の通話(ハンズフリーなの歌ってても格好つきやすいね)なんだ、という設定からしてかなりツボだった。歌声は特にTAI役の方の低音の響きが好き。TAIのソロ「誰の役にも立てないならお前は何者だ」のマッチョな自問自答ソングの頼りない響きも。

晩ごはん、またもや白菜と豆腐のそぼろあんかけを作る。先日千切りした生姜は擦って入れてみる。これに加えて昨日の牡蠣と海苔のスープ、セロリとさきいかのあえものも食べた。

@socotsu
そこそこ