これまで自分が退職する側としても見送る側としても多くの退職に立ち会ってきた。退職はいつだって慣れないモノだ。同僚との別れは寂しいし、自分のチームのメンバーが去ることはとても辛い。
退職情報をどのように取り扱い、どのように社内共有するかにはこれまで働いてきたどの会社も困っていたし、実際、完璧にやるのは不可能だと思う。退職は人事情報であるため機密情報である。だから取り扱いには慎重になってしまう。なんとなくネガティブなニュアンスも孕むので、積極的に触れるべきでない腫れ物のような扱われ方もされがちだ。
退職のための事務手続きのフローが定められていたとしても、実業務の引き継ぎや社内公開のタイミングは「ケースバイケース」で決められることが多く、つまりグダグダになりがちだ。メンバーが退職したときのことなんて考えたくないこともあり、事前に細かい情報共有ポリシーなどは定められていないことが多い。ある人の退職体験が良かったかどうかが追跡調査されることも皆無なので、カイゼンサイクルも回らない
縦割りの進んだ大きい会社では、部署の中で内々に処理されることも多い。近い部署で深く業務に関わってきた人にもギリギリまで知らされず、聞いておきたかった情報が得られないまま当人が退職することもある。
社内情報共有がオープンな組織であっても、そう言う組織は往々にしてオープンにしづらい情報の取り扱いに不慣れだ。共有範囲を制限せざるを得ない情報の取扱ポリシーが定められていなかったりする。なので、「何となく公開しづらい情報」が現れたときにその扱いに困ってしまい、ズルズルと情報共有を先延ばしにしてしまうことは珍しくない。
何れにせよ、退職情報の社内公開がポリシーが明確に定められており、それに従ってやるのなら良いが、そのようなケースは稀で「何となく慎重になって公開を日和って遅らせる」ことが多い印象だ。
退職情報は速やかに全社共有する
私がマネージャーや人事として社員の退職に関わったときは、一度退職が決まったら、なるべく早く社内全体に共有するようにしてきた。事前に当人に共有スケジュールを共有し、退職までの間に辞める人が気まずい思いをしないようにすること、引き継ぎや心の準備を含め、既存社員が快く送りだせる時間を確保することも心がけてきた。
退職はショッキングなニュースであるため、情報共有には二の足を踏んでしまう。ただ、退職は動かせない事実だし、社員全員にとって大事な業務情報であるため、なるべく早く全体公開した方が良い。退職は残念だが、決まった以上それを受け入れ、それぞれに前向きな物にしないといけない。
次の体制を決めてから共有したい問題
特にキーマンが抜ける場合など、引き継ぎ先や次の体制の見通しを立ててから広く共有したいと考えてしまうこともあるだろう。ただ、それが長引く場合は情報共有をしてしまった方が良い。少なくとも退職日から逆算した社内一斉共有のデッドラインは定めておいた方が良いだろう。
その人が辞めることでメンバーが心配にならないよう、次の見通しを立ててから共有したいという話を聞くこともある。気持ちは分からないでもないが、それはメンバーを舐めていると思う。どうせ、メンバーはショックは受けるのだからそれを先延ばしにしても仕方がない。
ちゃんと体制を整えてあげるのが上位層の仕事だと考えているかもしれないが、不確定要素が多くてもメンバーと情報共有ができる信頼関係を普段から構築しておくことの方が大事だ。それに、後任の選定や引き継ぎなどを内々で進め過ぎると漏れが出がちだ。早めに公開すれば「あの人が辞めるならこれを引き継いで欲しい」と言った声を集めることもできる。ズルズルとギリギリの公開になると不満が出てしまうし、全然的外れな後任体制が出てきたら大変だ。チームを頼るべきだし、頼れるようにしておくべきだ。
機密情報の取扱問題
人事情報は機密情報である。退職する人によってはインサイダー情報になることもある。なので情報公開には慎重になってしまうし、特に幹部だったら本当に隠さないといけないこともある。
ただ、退職情報はどうせ漏れる。であるなら、伝言ゲームでそれぞれが時間差でコッソリ知るよりも、社内でしっかり伝達し、情報の取扱を含めて周知した方が統制が取りやすいはずだ。
情報共有の順番問題
情報共有の順番も問題になりがちだ。誰に先に伝えるべきかという話だ。これも「この人に伝えるなら、この人に先に伝えた方が良いのではないか」など、色々な変数を考慮しているとキリがない。
とにかくシンプルな共有フローを定めておき、厳密に素早く遂行することだ。例えば、チームにはスタンドアップで口頭共有し、その後速やかに社内グループウェアに掲示しチャット等で全社共有するなどだ。もう少し大きい組織の場合は部門共有を挟みたいこともあるだろうが、何にせよ速やかに情報が流れるようにルールはシンプルに保つべきだ。そして、退職者当人には予め退職情報の社内周知スケジュールを知らせ、それまでに個別に伝えておきたい人がいれば伝えても良い、とインプットしておくと良いだろう。
社内共有が遅くなり、社外への挨拶などがギリギリになってしまったりしたら、お客様にも迷惑だ。社内共有が終わる前にお客様に挨拶しはじめるのも避けたいところだ。「えっ、自分よりも先に社外に知らされてたの?」となると疎外感を感じる人もいるでしょう。
情報格差は疎外感を生み、コミットメントを蝕む
退職情報に限ったことではないが、情報浸透の速度が遅いと情報格差が生まれる。ある重要情報を知らされていなかった人は疎外感を感じることもあるだろう。疎外感と言うとしょうもない感情問題に聞こえるかも知れないが、ここのケアは重要だ。特にエンゲージメントや当事者意識が高い社員に重要情報が知らされていないと、その反動からくるショックは大きくなる。
情報を伝えないことは「あなたにはまだその情報を与えるに値しないし、その情報を適切に扱えるだけの能力や信頼がそこに達していない」というメッセージになり得る。少なくとも「Tier 1の仲間ではないよ」とは捉えられてしまう。重要情報が与えられないことでその人の判断の精度や速度が下がってしまうという直接的な問題もあるが、それと同時に、当人のコミットメントを蝕むという長期的なダメージもあるのだ。
話はそれるがチームマネジメントにおいて疎外感を生まないようにすることは重要だ。チームミーティング参集で招待が漏れてしまうこと、チームを称える会で言及されないこと、情報共有のメンションが漏れること、そう言う小さなミスは何かの弾みで当人がモチベーションを失うきっかけになってしまう。他にも、会議や何らかのグループから抜けてもらうときなども、きちんと当人に経緯を説明することは大事だ。
情報の共有範囲が曖昧であることの非効率さ
情報格差があり、なおかつ共有範囲が曖昧な場合、誰がその情報を持っているのか持っていないのかを探りながらコミュニケーションすることになる。これはとても無駄だ。
退職情報が社内でオープンになっていない場合、退職する当人が「相手は自分の退職情報を知っているのだろうか」と不安になりながらコミュニケーションを取ることも少なくない。退職情報は人事情報で会社に預けると自分でもおいそれとは話せない。1対1で話すときなどはまだ良いが、会議の場では、自分の退職を前提で話されているのかどうか、どこまで情報が行き渡っているのか、その場で自分がそのことについて触れて良いのかどうか気を揉むことになる。
当人に限らず、少人数しか知らない秘密を抱え込むことはストレスだ。本当に秘めておかないといけない情報もあるが、退職情報などはさっさと公開すべきだし、そっちの方が効率も良い。退職者も早めの社内公開を望んでいる人が多いはずだ。
退職を前向きに昇華する風土作り
逆に、みんなが自身の退職情報を知っている中の業務を辛く感じる人もいるでしょう。退職に裏切り的な引け目を感じ、周りから白眼視されないかを気にしたり、急に自分にいつもより注目が集まってしまうことにプレッシャーを感じてしまったりするのだ。これは本人の性格的なモノの他に、それまでのキャリア環境にも左右されるでしょう。情報の共有や公開に対する心理的な安全性が乏しい状態とも言える。
こういう状況に対処するために「退職は社内公開しても大丈夫な情報なのだ」という雰囲気作りと理解を求めていくことが大事になる。退職者が居心地の悪い思いをしないよう、残るメンバーもちゃんと退職者の未来を応援し、円満退社に協力する必要がある。そして、退職は業務上重要な情報なのだから公開する必要があることを当人に理解してもらう必要がある。
残る人達からすると退職は当然残念で悲しいことだ。でもそれをお互い前向きなイベントとして昇華する風土にした方が良い。退職者を適切に扱う風土ができると、その後の退職者が居心地悪い思いをして、コッソリ辞めようとする、といったことは減っていき、引き継ぎもスムースに行えるでしょう。退職時の体験が良いと、その後思わぬシナジーが生まれやすくなったりもするのだ。
それでも目立たずコッソリ辞めたい人もいるだろう。そういう意向にもなるべく配慮した方が良いとは思うが、社内で大事な仕事をしていたのであれば、やはりその退職情報は大事な業務情報になるので、広く周知されることを受け入れる必要はあるでしょう。
まとめ
退職情報は速やかに社内共有されるべきである。取扱が難しい情報であることは事実なので、迅速に周知するフローを予め用意しておく必要がある。それと同時に、退職に触れることをタブー視せず、前向きな物にする風土作りも大切だ。
企業からすると退職は痛手であり、避けたい出来事である。人が立て続けに抜けるタイミングがやって来ることはある、そんな時は心が折れそうになることもある。「これを周知したら社員が不安になるのではないか」と恐ろしく感じるだろうし、実際不安を与えてしまうだろう。
その事実をギリギリまで隠したくなってしまい共有が遅れることもある。しかし、そのように情報を隠すことは逆効果だ。退職すると言う事実は動かせない。それを前向きに受け止めて乗り越えていくしかないのだ。