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愛しのドラクエ10:VERSION 3 いにしえの竜の伝承

愁羽淋
·
公開:2026/8/7

さわり

さて、本日は『ドラゴンクエストXオンライン』、シナリオ中心の感想(に擬態した言いたい放題)の3回目、バージョン3『いにしえの竜の伝承』のお話です。

文章中に『ドラクエ10』や『ドラゴンクエストXオンライン』などの表記の揺らぎがありますが、カジュアルには「10」商標としては「X」を基準にしながら雰囲気で書き分けています。しかも第一回での表記は全角の「10」でしたが、第二回目からは2文字以上連続する数字は半角表記というルールを設け、そちらに合わせております(※修正済)。これ以外の表記が見つかった際にはCバグでの報告をお願いします。

と、断り書きを入れつつ、まずは注意事項です。

ここではシナリオについてあれこれ書きますが、飽くまでも後知恵によるものです。完成したものを見てあれこれ言うのは誰にだってできるんです。ゲームのプロトタイピングの過程で様々な選択肢のなかから実現可能なものを選び軟着陸させたスタッフの力量は、外部のものがとやかく言う以前に高く評価されるべきものです。

それでも、こうやって感想として書き記すのは、逆にそれが「後知恵」だからなのです。「後知恵」である以上、ドラクエ10がそれを活かすことはできませんが、今後手掛けられるゲームにはこれを活かすことができます。

また、プロトタイピング等のゲームの事情を抜きにしても、シナリオというのは「書き手の選択」が尊重されるべきものです。

たとえばVERSION 3.2「氷雪と恵みの彼方へ」の項目で、リルチェラのイベントに関して「自分ならこうする」と言ったアイデアを書きますが、「そちらが優れている」という意味ではありません。それは単に「選択」の問題でしかなく、シナリオの本質を変える問題でもありません。自分ならこっちのほうが書きやすい、という例であって、正解ではありません。

逆に、リルチェラのイベントが、わたしが指摘するように変わったからといって、劇的に良くなったと感じるユーザーはほぼ皆無でしょう。

ならば、なぜ指摘するのか。

昔はアニメージュなどに、アニメの監督や脚本家がほかのアニメをレビューする記事がよく掲載されていました。いまはゲームで同様のものはあまり目にしないと思います。

しかしながら、新人のシナリオライター諸氏においては、「ほかのひとはどんなセオリーでシナリオを書いているのだろう」などと気になることがあると思います。何を隠そう、わたし自身がそうなのですから。もう何年もこの仕事をしながら、何をどう書くべきか、いまもずっと悩んでいます。

と、最初から予防線を張りまくっているということは、かなり険しい道へと踏み出すつもりでいることを示唆していますが、わたしもいい加減歳を取りました。これからいくつ作品に携われるかもわかりませんので、この40年で身につけたことを、少しでも文字に残せたらと、そんなことも考えるようになりました。

「こいつはこんなことを考えてシナリオ書いてんのかー」とか「いやいや、自分だったらこうするわー」とか、普段と違う視点からドラクエ10を眺めるきっかけにでもなればと思います。

そして今回も、ネタバレありで進行したいと思いますので、『ドラゴンクエストXオンライン VERSION 3 いにしえの竜の伝承』を未プレイで、これからまっさらな気持ちで楽しみたいという方は、ここでこのページから離れられることをお勧めします。

ヘッドライン

今回、おおまかにふたつのテーマで書こうと思っています。ひとつは物語の構成とワークフロー、もうひとつはテキストのライフサイクルの問題です。

最初のテーマはシナリオの構成のお話なので、ゲームだけではなく、漫画やアニメの物語をつくる人にもそれなりに響くところがあるかもしれません。

ふたつめの「テキストのライフサイクル」は永続的にサービスが続いてしまうオンラインゲーム特有の問題です。

順に見ていきましょう。

VERSION 3.0 いにしえの竜の伝承

VERSION 2で大魔王マデサゴーラを撃破後、プレイヤーは竜族が住む「ナドラガンド」へと旅立つわけですが、この導入の流れは見事です。

最近は(というかリリースされた2015年の時点でそうだったと思うんですが)「ウリになる要素にはすぐにアクセスさせろ」というのが主流で、たとえば宇宙が舞台なら、5分で宇宙に出せ、とプロデューサーからせかされるのが常となっています。

いやいや、そうじゃないんですよ、と、『惑星ロボ ダンガードA』を引き合いに出して、地上での厳しい訓練がいいんじゃないか、宇宙へ出る際もカウントダウンが始まるとともに次週へ続いたじゃないですか、と弁を奮っても「俺も見たけど、いまは時代がちゃいますわー」と切り捨てられたものでした。

その後、『科学忍者隊ガッチャマン』の「コンドルのジョーの羽根」と、『宇宙刑事シャイダー』の「アニーの衣装の変化」について話ましたが、そちらはわかり合えるのに、なぜ宇宙へは5分で出したがるんだと訝しく思ったものです。

ところが、です。

そんな現代の風潮に逆らうように、この『いにしえの竜の伝承』では、マイナーバージョン1本ぶんまるごと元の世界で過ごします。

ナドラガンドでの冒険が始まる!

と言って買わされた拡張版なのに、ナドガランドまでたどり着けないんですよ?

わたしはちょうど引退していた時期なのでわかりませんが、ユーザーはどんな気持ちだったんでしょうね。

しかも皮肉なことに、『いにしえの竜の伝承』を通してプレイしたあとの感想としては、ナドラガンドに行くまでがいちばん良く出来ているという。

――と、これでは他を下げているようにしか見えませんが、正直、3.1から3.3まではメインライター不在なのではないかと伺わせるほどメインの筋書きと領界での筋書きがちぐはぐになります。

そちらに関してはそれぞれの領界の話を書く際に触れますが、VERSION 3.0に限って言えば名シナリオの宝庫ですね。これからナドラガンドの話が始まるというのに、そこに行くまでが良すぎちゃ逆にいかんだろうって気もするんですが。

その、3.0。

どこが良いかと言えば、第一にはやっぱりヒメアとフウラのエピソードです。ヒメアのことは500年前の少女だった頃から知っていますから、そのぶんの思い入れもあり、タケトラやニコロイ王との関係、自分に自信が持てないフウラへの眼差し、それらを飲み込んで時代が動いていく様子には深い感銘を受けました。

それを表現しているのは、飽くまでもWii時代のレベルのエフェクトですが、息を呑むとはこのことでしょう。感動はハードの能力が生み出すものではありませんね。物語がリードするだけでここまで情景は美しくなるのかと驚かされました。

他にも、ダストンとチリの関係も再度描かれ、マイユのアクションも見応えがあり、ラグアスは活躍の場すらなく消えますが、ヒューザは相変わらず、と見どころ満点です。

マイユのアクションシーンにはテーマソングがほしいくらいです。

 マフラー結って お洒落して♪

 ルージュは薄いピンク色♪

 女らしさは 明日にしよう♪

 今日は故郷の 女拳士♪

で、物語はグランドタイタス号で開かれる祭典から始まり、そこで「8王に挨拶してこい」という指示が出されるんですが、はて? と思いました。

ドラクエ10世界の主要な町は10個あるので、王は10人では? とも思ったのですが、よくよく考えてみればジュレットは町長だし、オルフェアはサーカス団長が統べているので、たしかにそれを引くと8人なんですが、ところで、メダル王ゴーレックはどうなった?

ラッカランは国じゃない? ゴーレックはただの成り金で本当の王じゃない? でもぶっちゃけ一番金持ってないか? みたいなことを考えた次第です。

まあ、それを言うならラグアスはいつ王位を継承するんだ、いつまで王子でいるつもりだ、の疑問も湧いてくるわけですが、まあとにかく、種族神の器と呼ばれるラグアス、ダストン、ヒューザ、マイユ、フウラ、そしてアンルシアが攫われて、物語は始まります。

ちなみにこの「ナドラガンド」、ポータルの様子などからして、どうしてもWoWのOutLandとかぶってしまうんですが、今回はもうそこへのツッコミはナシでいいですかね?

VERSION 3.1 聖炎の解放者

そして懸案の、炎の領界『聖炎の解放者』の幕開けです。

今までの流れを受けて、本来なら「アンルシア姫は!?」という緊迫した状態から始まっても良さそうなのですが、そのあたりは一旦脇に置かれます。

VERSION 3のメインヒロインのエステラとの出会いから始まり、次いで炎の領界のメインクエストであるギダの話に繋がるんですが、「ちょっと待って」って感じですね。

ただこの「ちょっと待って」も、わたしがシナリオを書く同業者だから感じることであって、一般のユーザーはすんなりと受け入れるのかもしれません。

でも、自分的にはすごく気になるんです。

「5分で宇宙に出せ」と言った前述のプロデューサー氏も、そこは同様に言うと思います。「ちゃうやろ、それは」と。

理想的に言えば、この冒頭でまず、失踪したひとの痕跡なりに出くわすのがセオリーだと思うのです。ここまでの良い流れを途切れさせないために。

でも残念なことにそうはなってない。

いや、おまえの作品じゃないんだから放っとけよ、と言われればそれまでですが、こちとらオタクなんですよ。始まってしまった妄想を止めたら死ぬんです。

それで、ちょっとだけ考えてみました。

わたしが尊敬する上原正三先生や伊上勝先生だったら、どう書くだろう、と。

📖

炎の領界に踏み込んだ主人公は、ナドラガンドの治安を守るナドラガ教団の兵に取り囲まれ、一触即発の危機に陥ります。

そこに現れたのが、炎の鎧を纏う謎の女戦士――この妄想のオリジナルキャラです。

女戦士は主人公を危機から救い、失踪したアンルシアたちの居場所のヒントを与えます。

その出会いのエピソードのなかで、女戦士は魔瘴に苦しんでいることがわかります。その魔瘴を操っていたのはアンテロと似た背格好のローブの男――実はアンテロの弟であると聞かされますが、正体は不明。

果たして、アンテロの弟とはどこの誰なのか?

女戦士は名前も名乗らずに去って行きますが、後にその正体はオーガの種族神ガズバランの神獣フェザリアスであることが明らかになります。

📘

上原正三、伊上勝、井上敏樹、中島かずきあたりの路線狙いなら、これでしっくり来ると思います。

ローブの男をアンテロの弟とするところが重要ですよ。実際には兄なんですが、弟が良いですね、わたしとしては。アンテロを兄にすることで、主体がアンテロという死んだキャラになるので、奥行きが出ます。

ローブの男がアンテロの兄だった件は、物語の後半で明かされますが、早い時期に言ったほうが良いです。そっちのほうが「自分が倒した相手の身内に復讐されてる」というザワザワ感があるので。

というか、VERSION 3のお話を俯瞰して知っているライターなら、これに近いところで仕掛けるひとは多いと思うんですが、みなさんはいかがですか?

どんな冒頭を書きますか?

でも、現実にはこうは書かれていません。

なんか、いろいろもったいない感じになってますが、それはなぜか?

と、考えると、実は種族神の眷属=神獣というアイデアは、どうやらVERSION 3.3で浮かんでいるっぽいのです。

つまり、炎の領界のVERSION 3.1の時点では魔炎鳥=聖鳥がガズバランの神獣だという設定もないし、なんなら神獣という概念すらない。

そこがこのVERSIONシナリオのおかしいところであり、奇跡と呼べる部分でもあります。

ちなみに、これは外部から見た感想で、制作者が言った言葉ではないことに注意してくださいね。くれぐれも。

で、外から見る限りにおいて、メインのシナリオライターは3.0のシナリオを書いたあとはサブシナリオ担当に執筆を渡して姿を消しています。おそらく「プレイ開始5分でナドラガンドに行かせろ」と言われ、反発して姿を消したのでしょう。(真に受けてはいけません)

そのおかげで、VERSION 3.1から3.3あたりまでは、全体の筋書きがはっきりせず、VERSION 3.4、あるいは3.3もだと思うんですけど、こんどは制作が間に合わずにメインのシナリオがいくつか落ちてる風でもあります。

いや、繰り返しになりますけど、飽くまでも外から見た印象ですよ?

ひとに言いふらす時は、「愁羽淋ってバカが言ってたんだけどよう」と加えてくださいね?

というところで、VERSION 3.1の冒頭、こんどはわたしが敬愛する島田満先生ならどう書くか見てみましょう。

📖

先生なら、ギダの臆病さと成長、ヒーローとしての自覚、村人たちの団結を軸に描くはずです。

なので冒頭は、魔炎鳥退治から逃げ出したギダとの出会いからです。

ギダは草むらに隠れて震えています。

主人公は「自分は楽器しか取り柄のない意気地なしだ」と泣き出すギダを慰めて、ともに歩き出しますが、ナドラガ教団の兵団と一触即発の事態に陥ります。

そこに駆けつける女戦士――さっきの妄想オリジナルキャラですが――に助けられて難を逃れます。

女戦士は魔瘴に苦しんでいますが、役立たずのギダの音楽が魔瘴を和らげます。はたしてこれはどういうことか? その謎解きでストーリーがリードされていきます。

最後は兄のことを思い出して、楽器を弾けなくなるギダですが、村人が来て一緒に歌ってくれるんです。

感動的ですねえ。島田先生ですねえ。

わたしが最も愛する、素晴らしい筆力を持った脚本家さんでした。

📘

と、いろいろ書きましたが、こんな戯言は種族神の眷属=神獣が設定されているから言えることで、執筆時にはいまの炎の領界編のシナリオは十分なものであったと思います。

問題はメインのライターが予算の関係で確保できなかったか、他のプロジェクトのヘルプに回されていたか、ディレクターと喧嘩して辞めたか、あるいはそもそもシナリオ自体が軽視されていたかで、プロジェクトがうまく駆動されていなかった点です。

と、これも外から見た感想でしかないので、ひとに言いふらす時には「愁羽淋のバカが」を加えるのを忘れないでくださいね。「バカ」までしっかりと。

ついでに。

VERSION 3のメインビジュアルはものすごく良いのですが、実際に遊んでみると始終暑苦しさを感じ、息抜きできる場所が欲しいと感じてしまいます。

この、「息抜きできる場所」はアスフェルド学園でも良かったし、(WoWのOutLandへのポータルを彷彿とさせる)奈落の門をちょっとした浮遊大陸にするのでも良かったと思うんです。

5つの領界で使い回せるエリアがあれば、それぞれの領界のリソース制作も少しは楽になったのではないか、と思いますが……まあ、すべて後知恵ですね。外からこうやって批評して悦に入れるなんて、いいご身分ですわ。

VERSION 3.2 氷雪と恵みの彼方へ

ちょっと文字数が増えてきたので、駆け足で行きます。

イーサの村のノグリッド村長の家に行くと、リルチェラ(アホ毛少女)との出会いイベントが発生します。リルチェラのキャラは良いのですが、違和を感じました。「リルチェラが嫌われてる」と「その原因」がひとつのエピソードで語られてるためだと思います。

1場面1タームがシナリオのセオリーですから、ここは分けるべきと考えるライターが主流だと思いますが、おそらくイベントを打ち込める場所がなかったのでしょう。

理想的には

  1. リルチェラの性格を見せて愛着を湧かせるイベント

  2. リルチェラが村では嫌われてることがわかるイベント

  3. リルチェラが嫌われてる理由がわかるイベント

の3イベント構成で行きたいところです。

が、こういうことを言い出すのは同業者だけなので、まあ、無視して差し支えないかと。

その後のダストンが持ち上げられる展開もとても良いのですが、ここも惜しいです。もうひとつケレンをつけても良いかと思いました。

具体的には、表現・さわやか時代の池田鉄洋ノリなんか最高だなあと思うんですが、これで伝わります? まあ、一部の本職さんにだったら伝わるかも?

となると、ノグリッド村長がイケテツ本人で、妻のヒャーネが佐藤真弓になり、村上航・伊藤明賢が脇に控えるんですが――と、わたしは普段そんな感じで脳内でエチュードしながらシナリオを書いておりますが、みなさんはいかがですか?

VERSION 3.3 闇を抱く月光の楽園

そして、駆け足で闇の領界へ。VERSION 3はどのマイナーアップデートもコンパクトなのが特徴で、ゲームそのものもスムーズに進みます。ここに登場するサジェの性格設定や描写はとても素晴らしいのですが、いかんせん、メインとの絡みが薄い。

途中、主人公の妹(or兄弟姉)とエステラのバトルが挿入されるんですが、ちょうどサジェのクエストの隙間を狙うように差し込まれていて、メインとサブとできっかりと分かれたラインで書いてるんだなぁと思いました。

もちろん、何度も書いている通り、それに気がつくのは同業者だけで、これが悪いとは言わないんですが、まあ、職業病ですね。こういうのは。

闇の領界のラストで、ドワーフの種族神ワギの眷属・神獣パチャティカが登場するんですが、おそらく制作者に「神獣」のアイデアが降って来たのもこのあたりでしょう。ここからストーリーの傾向が変わるのですが、同時に制作の逼迫した様子も感じられるようになります。

ぶっちゃけ、パチャティカもなんかのクエストを1個潰して、無理やりいまの場所に移動してきたんじゃないかと思います。

VERSION 3.4 真実は蒼き水の深淵に

はい。では、水の領界へ行きましょう。

ここからようやく神獣の描写が始まりますが、ストーリー規模はとても短いです。内容もタンパクでヒューザが水の領界にいる理由付けなどが甘く、とてももったいない気がします。

「疾風の騎士団が来て、ナドラガ教団の連中を蹴散らしていった」

くらいのことでも言ってくれれば、ナドラガ復活を目論む教団と、それを阻止する疾風の騎士団の動きが垣間見えたのに、このあたりはその場で思いついたシナリオを書いたそばから実装に回してった感じで進行しているように感じます。

と、ここまで感じてしまうと、「こういうお話だったら良かったのに」と提案するのも憚られるというか、開発現場の地獄っぷりがありありと浮かぶばかりで、むしろ良くこの形にしてリリースできたと感心するくらいです。

神獣カシャルとのバトルは、どこかのクエストを削って移動してきたか、「バトルは用意したので、シナリオでなんとかして!」と無茶振りされたか、のような印象を受けますし、まあ、とにかく大変だったんだろうなぁ、と。

VERSION 3.5 嵐穿つ断罪の虚空 ~ ナドラガンドの決戦

そして、嵐の領界。

指摘できるところは同じで、おそらくそもそもスケジュールが良くない。

最初に神獣と種族神の器を軸にする、というところまで練られていたとしたら、『ワールドトリガー』『キングダム』『ONE PIECE』に劣らぬ集団戦・群像劇を描けたと思うんです。

そうなってくると、ドラクエ10のVERSION 3には6人の種族神の器が登場し、そこに更に6体の神獣が加わるともう大混戦は避けられません。それを捌けるライターは限られてきますし、古いゲームのプロデューサーにはその混乱を嫌うひともいますが、いまの主流は集団戦ですよ。

ご存知のように、昔の漫画は孫悟空VSピッコロだの、ケンシロウVSラオウだの、個人戦が中心でしたが、おそらく『ONE PIECE』や『BLEACH』あたりからだと思いますが、集団戦が中心になってきました。

『鬼滅の刃』も『僕のヒーローアカデミア』も『HUNTER×HUNTER』もそうですね。単純に単騎で駆け上がるだけでなく、複数箇所で戦闘が勃発、ときにメンバーを入れ替え、不意の裏切りや覚醒、奇跡、などなどが入り乱れて展開します。

当時はWiiでもリリースされていたので、大群を出すのは難しいと言われるかもしれませんが、実際に画面では見せない描き方もありますし、あるいは中島かずきの筆を見ればわかるように、モブは徹底してモブとして省略して描くという割り切りもあります。こういった表現技巧は、むしろドラクエ10チームは得意でしょう。

と、愚痴は多めですが、驚きなのは、わたしが指摘したような制作の混乱を(わたしの推測でしかない混乱があった前提で語るのも変ですが)、ユーザーに気付かせていない点です。

ちゃんとラストまで走りきって、完成させて、次のバージョンアップへとタスキを繋いでいます。それだけで大成功だったと思います。

これ、スクエニだから死者が出ることもないんでしょうが、ヤクザから借りた金で作ってたら、ちゃんと完成させないと東京湾ですからね。ヤクザに呼び出されて憔悴していく友人の姿を見ていましたもの。

アップしただけで大成功です。お世辞や取り繕いではなく、本当にそう思います。わたしの作品もけっこうボロボロの状態でなんとかゴールすることが少なくありませんし、毎度後悔しっぱなしですもの。どこをどうすれば良かったなんてことは、傍から指摘されるまでもなくわかりますし、すべては後知恵だし、他山の石です。

なので、ボロクソに書いてるように見えるかもしれませんが、それでも言いたいのは「こうすりゃ良かったのに、フフン」ではなく、「素晴らしい作品に出会わせてくれてありがとう」なんです。

妄想を広げられるだけで有難い。

それがファンの心理というものです。

好きなキャラクターとクエスト

文字数が爆発してるので手短に!

キャラクター編

シオン(パペット)

パペットになったシオン、最高ですよね。

いつどこでも通信できる、ストーリーが詰まったらきっかけをくれる、と設定がめちゃくちゃご都合主義なんですけど、このビジュアルがすべて持っていくのでご都合主義とかがどうでもよくなる。

だいたいは物語が張り詰めたときに出てきて、ホッとさせてくれるし、いったい誰が考えたんですか。天才じゃないですか。ラーメン奢らせてください。

リルチェラ

ポルテ、リィンと並ぶ3大アホ毛キャラ。ヴォイスはついてないのに、脳内でイベントを再生するとちゃんとヴォイスが聞こえてくる……。誰だっけ、この声。

サジェ

サジェめちゃくちゃいいですね。フィナとどっちを推すか迷ったんですよ。最後まで喋らなかったらフィナの勝ちだったんですが、僅差でサジェが勝りました。

フィナも同じカテゴリーなんですが、弱くてかつ芯のあるキャラっていいですよね。これ書くとコンプラ的にどうなのって怒られちゃうんですけど、女性キャラが弱ってるの見ると、葛藤が生じるんですよ、胸の中に。

それでまあ、サジェの話ですが、この子もマリンフォード決戦のようなシナリオだったら、ラスト近くで管理端末の群れを率いてナドラグラムに駆けつけてくれたんでしょう。その前フリとして、楽園で大量の休眠中の管理端末を見せておいて、「これが目覚めて竜族を滅ぼす……?」と積んでおいてからの、主人公が竜族を許したことによる大逆転。痺れますねえ。吉田玲子あたりの筆を想像して妄想してください。

クエスト編

世界樹の丘での、ヒメアのイベント

VERSION 3屈指の美しい場面。臆病でいまいち踏み出せないフウラと、それを見守る父タケトラ、そのフウラを全面的に信頼するヒメア、と、この構図が素晴らしい。天才じゃないですか、これ書いたひと。

水の領界でヒューザとの出会い

ヒューザが主人公のほうを「なんでお前がここに?」みたいな感じで振り返った時、主人公の頭から泡がでてるんですよ。たまたま背景が泡だからそう見えてるんですが。その構図がなんかすごくアホっぽくて好き、というか、あと2秒止めで見せて、ヒューザにカメラ戻したあとも2秒無言で止めて、って思いました。

というか、普段そうやってスクリプターさんに指示出してるんです。スクリプターさんも大変ですね。

ラスト、エステラを見送るオルストフ

セリフも何もないワンカットなのに、涙が噴き出す場面ですね。

映像ってすごいです。

      ❡

テキストのライフサイクル

さて、次のテーマがこの「テキストのライフサイクル」です。

あまり聞かない言葉だと思いますが、さっきわたしが発明しました。

いや、元からあるかもしれませんし、実はもう別の名前があるのかもしれませんが、ここでは「テキストのライフサイクル」で押し通します。

いま、特殊浴場を指す言葉として「トルコ」って名称を使うゲームってありますか?

おそらくありませんよね。

使ってたら古いゲーム(しかも40年前だ)だと思われますし、ユーザーからは「自分たちに向けたゲームではない」と判断されます。

「看護婦」も「婦警」もそうで、ポリコレ云々のまえに、実際にゲーム中で目にしたときの印象は「古臭い」です。

仮に時代を遡って、10年前のMMOゲームの開発現場へ行って、ライターがそこに「看護婦」や「婦警」を使おうとしてたら止めるじゃないですか。その言葉は10年後には古い言葉になるのを知ってるから。

あるいは驚いた時に「わーお!」とか「どっひゃー!」とか「ぶったまげーしょん!」とか書いてあったら、止めるじゃないですか。

たとえば昔、「やりきれないものがある」などという「ものがある」構文が一般化していた時代がありました。これもついゲームで使用していたのですが、そこってやっぱり劣化するんですね。時代とともに。更に古の時代の話になると、ツッコミで「あのなあ」とか「おまえなあ」というのがありまして、80年代の漫画やアニメでよく見る・聞くと思うんですけど、いま誰かが使おうとしてたら、止めるじゃないですか。

これがネットワークゲームでなければいいんです。

たとえば2010年に発売されたパッケージだったら、2010年のものとして理解されますから。

だけどオンラインゲームで10年、20年とサービスが続く前提のゲームに古い言葉が紛れ込んでいると、傷んだ桃のようにそこから腐っていくんです。

で、ドラクエ10なんですが、「女優」や「チビ」などといった古い言葉が散見されるんですね。言葉だけでなく、頭上からタライも、ハリセンでツッコミも、いまやる芸人はいません。関西弁守銭奴もいませんし、東北弁農夫も見ません。テレビで見ても寒いだけのものが、ゲームで見たら新しく感じると思いますか?

すでになくなった「デブ」「ハゲ」「女中」に対して、「チビ」「女優」「女史」などの言葉は、いまもまだ消えきってはいませんが、実際にはもう高級紙や一般紙で使われることはなく、大衆紙にのみ残るようになっています。

「女優」はあと5年もしたら「AV女優」でしか使われなくなりますし、「チビ」はいまのところはまだ差別語とはされていませんが、テレビや雑誌ではほぼ使われていません。「おてんば」も使われませんよね。

このあたりは、一般的な文章に多く触れていれば気づく部分です。

「女優」は「無骨な町のアクトレス」というクエスト内のUIに残っていますが、「アクトレス」がそもそも使われなくなって来ています。ウーピー・ゴールドバーグやケイト・ブランシェットは「アクトレス」と呼ばれることを嫌っていることで有名です。

それを知っていると、この文章に出会った時に「いつの時代のひとが書いたの?」と、センスそのものを疑うんですよ。

この感覚はわたしだけではなく、多くのひとがそうだと思います。

とは言え、「まあ、昔のゲームだししょうがないよね」と苦笑するだけで、わたしのように指摘したりはしないと思います。だけど、時流から取り残されているのは明らかです。

しかし、かと言って、「女優」を今更「女性俳優」に書き換えたら「ポリコレに屈した」の大合唱になってしまいますので、経年劣化した部分はそのまま朽ち落ちるしかないというのが現状です。

他方、80年代あたりに顕著だったのですが、古い価値観を反映した言葉を解体する過程において、あえてそれを前面に出して批判的に用いる文化がありました。ある意味、ジュディス・バトラーの言う「模倣」とも近い使い方なんですが、いま残っているのは更にその模倣で、そこまで来るとただの露悪です。

ドラクエ10はざっと見渡して、非常に古い概念や言葉が多く残っています。

テキストだけなら書き換えも容易ですが、ヴォイスまで録っていたら簡単に差し替えはできないと思います。

あるいは、領界の村長がすべて男性である点、アストルティアにいる達人がすべて男性である点も古臭く感じます。

「女性の村長は不自然だろう」というひとがいると思いますが、『マンダロリアン』の共和国軍トップが女性だったことに違和を覚えたひとはいますか?

『マンダロリアン』など、「ポリコレに気を配らなくてもヒット作は作れる!」と言ってもてはやすひとがいましたが、実際にはそれらはすべて織り込んだ上で、新しい基準の上に作られているんです。

ポリコレなんてものは、誰かが推奨して先へ進むものでもないし、抵抗したからと言って押し留められるものでもなく、随時その基準を上げ続けているものなのです。新しい基準が生まれたときも、多くのひとはそれに気が付かないものです。いつの間にか「看護婦」「スチュワーデス」とは言わなくなって、それが普通になった、という事実があるだけです。

逆に、マンダロリアンのあの大佐がシガニー・ウィーバーではなく男性俳優だったら、凄い古臭さを感じた気がします。

脳内でちょっと置き換えてみてください。ショーン・ビーンでも、トム・ハンクスでも、桂歌丸でも……って、歌丸師匠は新しいですね。ありです。あり。っつーか、笑点メンバーだと、だいたいあり。

ただこれも前回指摘した通り、「鳥山明デザイン」というコンセプトを踏襲する限り、逸脱は難しい気がします。鳥山明のデザインは良くも悪くも70年代~80年代ハリウッドへの参照が強く、それが個性である限り、そこを消してしまうわけにはいかないのです。

なので、もし打てる手があるとしたら、シガニー・ウィーバーやウーピー・ゴールドバーグ、ゼンデイヤ、あるいはデンゼル・ワシントン、モーガン・フリーマン、ウィル・スミスなどのアイコンを鳥山明調で再デザインしたキャラクターを投入することでしょう。

また、それが描ける人を探す・育てるべきです。進化し完成した鳥山明を模倣するひとではなく、70年代終盤の鳥山明を再進化させるくらいの気概を持って。

テキストの話に戻りますが、そうやって考えると「寿命の短い表現」はこと5年10年のライフサイクルを狙うネットワークゲームでは使わないようにしたほうが良いと思います。

わたしの場合、発想のベースに80年代ナンセンスが食い込んでいるせいもあって、たまに意図して古い言葉を紛れ込ませることがあるのですが、そういったコンテクストがそもそも古いですね。三木聡とか、自分と似てるなーとは思いますけど、やっぱ古いですもん。

例外は庵野秀明で、『真実一路のマーチ』や『グランプリの鷹』をぶっこんできても古く感じさせないんですよね。さすがにそこまでだと、バケモノ過ぎて参考にはならないです。

ドラクエ10の「今後10年はサービスを続ける」という意気込みはウソではないと思います。ですが、もうすでに古い部分が目立っています。

新しく作る部分ではそこも配慮するとして、じゃあ古い部分とはどうやって折り合いを付けていくのか、という点が、とても気になっています。

無理、だと思いますか?

じゃあ、ザンクローネが言ったセリフは、嘘だったんですか?

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで400円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage