Ls Luciole より引用
ここではこの「価値」であり「勝ち」でもある概念を「勝値」と呼ぼう。その読み方は「かち」であり、同時に「かね」であり、また「しょうもねー」でもあり、それらの意味を同時に内包する。「勝値」は、存在(être)にも、生成(devenir)にも、過程(procès)にも、生起(événement)にも還元されない。勝値は存在から思考することができない。そのため、それは決して「現前(présence)」として与えられることはない。
この意味は自分でもよくわかっていないが、りんごで例えると――
存在=りんごの物理的実体
生成=りんごのプロフィール
過程=りんごがどうなるか(食べられる、腐る)
生起=りんごをどうするか(食べる、腐らせる)
現前=りんごが「そこにある」こと
――あたりだろうか。
「勝値」という概念にはこれらが存在しない。実体もないし、発生した経緯もない、どうなることも、どうされることもないし、それが目の前に現れることもない。この解説はとても雑なので、興味があるならドゥルーズ&ガタリやジャック・デリダあたりの著作を参照されたい。
🍎
La Luciole で、未来社会での価値観の変容について触れた。先述の引用は、自律的なロボットと太陽光とで無限に物資が供給される社会で労働の意義がどう変わるか、についての考察を行った箇所になる。
現代社会で、社会主義やベーシックインカムが否定されるときの根拠として、「生活が保証されたらだれも働かなくなる」というものがあるが、La Luciole で提示した未来はまさに、すべてが自動で供給され、働く必要のない社会だった。これによって、社会は極めて共産主義に近いものになり、そこでは古くから言われる通り、貨幣は不要になる――はずだったが、貨幣自体はなくなっていなかった。なぜか。たしかにこの世界では「物資を生産する」という意味では金は不要なのだが、庶民には「欲しいもの」――たとえば21世紀に流行したコミックスなど――があり、それに関してはお金に相当するものを使ってやりとりするしかなかった。
もっと究極的に言えば、ひとは働きたいのだ。「推しのため」すらも方便で、働き、勝利したいのだ。
La Luciole の世界には2種類の通貨があり、ひとつは生活物資を得るためのイェンで、こちらは一定の使用期限があり、使用期限のなかでも減価していく。こちらは貯めるためではなく、ものを流通させるために定期的に発行されているもので、いまの社会で言えばクーポンに近い。また、ソシャゲの無料石にも近い。もうひとつはベイで、こちらは減価せずに同じ価値を保つので、21世紀に流行したコミックスを誰かから買い取る際にはこちらが利用される。
ものの価値というものはそもそも相対的なもので、これに絶対的な値を与えたのが貨幣だ。そして貨幣は家具や衣服や食料のように劣化することがないため、蓄財できる。金持ちが溜め込めば、流通が滞る。そこで、La Luciole の世界では、物資の流動性をもたらすべく減価型の第二通貨が設定されるのだが、この定期的に配られるお金のおかげで、第一通貨は軛から放たれ、「進撃の巨人の初版本に数百億の値がつく」などの「価値の限界突破」が起きてしまった。しかもこの、数百億の値がついた初版本がその値段で売れるかと言うと、売れないのである。
そこは流通から「現実性」が消えた世界で、ひとびとの購買原則はネットワークゲームやオークションに近い。買ったものの価値は自分にしかなく、言い換えれば、買った瞬間に減価する。つまり、100億で買った進撃の巨人の初版本が、10億でしか売れないとしたら、90億円は買った瞬間に消し飛んだことになる。そしてこの現象――現実的には10億しかない価値のものを100億出して手に入れる際の瞬間最大の価値を La Luciole では、「勝値」と呼んでいる。
これは La Luciole 世界だけではなく、実際のオークションや株の売買でもよく見られるもので、ほとんどのモノは、買う瞬間に最大の価値があり、つまり「誰かに競り勝って手に入れる」ことがその商品の価値の大半を占めている。宝石なども同じで、店で買ったときの価値が最大で、それを友人から「売ってやる」と言われても、同じ価値はない。逆に「倍の値段でしか売らない」と言われれば、そこには倍の価値が生じることもあり、それこそが「勝値」であり、われわれが「価値」と呼んできたものの本質だ。
ひとはなぜ、働いて金を得るのか。その答えはずっと「贅沢するため」と思われてきた。レアなアイテムを集め、綺麗どころのいる店で飲んで、騒いで、着飾って、というのがその目的のように言われてきたが、これがいまたとえば「推しに貢ぐ」ことが労働の目的となり、現実の「飲んで騒いで」などの価値から切り離されるようになった。ここまで来ると「はもはやそれは贅沢なのか?」という疑問が湧く。では、「推しに貢ぐ」ことになんの価値があるかと考えると、そこにはやはり「消費する」ことそのものに価値があるとしか言えなくなってくる。だれよりも消費した、という満足度が欲しいのである。それが労働の対価となる。つまり、ひとは勝ちたいのである。金額というわかりやすい数字があれば、そこにはっきりと勝ち負けが現れる。だれよりも高い額を推しに貢ぎ、その金額を己の価値にしたいのである。
🍎
他方、「貨幣は鋳造された自由である」とドストエフスキーは書いた。現代社会では金こそが自由で、金がなければそこに自由はない。たとえば親が子に自由を与えるという場合、どんな行為がそれに当たるかと言えば、金を与えることだ。自由を与えるとは、すなわち、金を与えることだ。同様に、社会において「人間は自由だ」の言葉に現実性をもたせるには、金を与えなければいけない。奴隷の身分から解放されても、金がなければ自由ではない。怪我して働けなくなったら、不自由になるが、それは体が動かないからではなく、金がないからだ。金以外の自由はない。メーテルリンクの青い鳥もちゃんと読んでみれば、青い鳥は金の象徴だ。
いやいや、自由というのはもっと精神的で崇高なもので、だれかに隷属したりしないことを指すのではないか? と、考える人もいるかもしれない。あるいは、「壁に囲まれた街のなかで、巨人に襲撃される危険に怯えながら生きているとしたら、巨人を倒して外の世界に出ることが自由だ」という特殊な環境では、たしかにそれも間違ってはいない。だがこの場合、自由の主体は「個」ではなく、「街のひと全体」を指しているので事情が異なる。自由というのは個人のプロパティであり、「集団の自由」は拡張した考えのように思える。ここではそのような広義の自由ではなく、集団と個の関係における狭義の自由を扱う。
西洋的な哲学では、ひとは本来自由であるが、社会契約によって行動が制限される、のようなロジックになるものが多い。ホッブズやルソーやロックがそうであるし、たいがいは人間の本質は自由、そこに社会が生まれ内面化し、抑圧されている――と解き、啓蒙思想からは「人間は本来持っている自由を取り戻すべきだ」というような展開になる。しかし、果たして本当にそうだろうか。
🍎
「貨幣は鋳造された自由である」と先述したが、ここ最近は、自由という観念も貨幣制度が生まれるとともに生まれたのではないかと考えるようになった。
持論であるが、日本では、大化の改新以前、皇極天皇あたりまでは母系社会ではなかったかと考えている。皇極のあとの天智天皇・天武天皇を超えたころに、天皇は親から子へと引き継がれるようになるが、それ以前は兄弟間で横滑りして天皇位が引き継がれることが多い。これは血統そのものよりも、家が権力を持っていたことの証左であると思える。ちなみに、「天皇」や「日本」は天武天皇以降に使われるようになった言葉で、それ以前には天皇制も日本国もない。これはおそらく百済にルーツを持つ天武天皇が日本での正当性を主張するために、それまでの歴史と接ぎ木したものであろう。天武天皇は第40代天皇とされるが、直系の親を辿って行くと(数え方にもよるが)ちょうど30代程度となり、百済の王系と一致する。そうやって邪推していくと、欠史八代と呼ばれる日本の初期の8代の天皇は百済の王である可能性もある。天武が百済の王子であるとするのは、自説ではあるが、前例のない説ではない。なによりも、古事記日本書紀からはそうとしか読み解けない。天智と天武は兄弟であるとされているが、その婚礼の年代等をみれば15歳前後は離れていることになる。おそらく天武は天智が白村江の戦いへ赴いた頃、滅亡する百済から招いた若き王子であろう。そう考えると、自分の娘をことごとく天武に嫁がせたのも納得がゆく。
大化の改新以前の天皇家は、いま言われるように同じ血筋に代々引き継がれたものではない。記紀の内容からは、仲哀・応神・神功皇后は九州の大王家のように読み解け、継体天皇以降、崇峻天皇以降はそれぞれ別王朝であるように読み解ける。崇峻天皇以降乙巳の変までは、実質的な蘇我王朝だ。父系で継いでいく天皇制は偽史である古事記・日本書紀を通じて百済からもたらされている――というのは僕の説なので、眉に唾を付けて読んで欲しい――が、和同開珎という貨幣制度が現れたのも同じ時期で、父系社会と貨幣制度は同時に発生している。つまり、大化の改新によって、貨幣がもたらされ、そこで初めて武人たちは「家」から解放され、「通貨」という自由を得たのだ。
貨幣のない社会では、ひとびとには自由も不自由もなく、家を離れて生きることはできなかった。家同士が穀類や反物を融通しあって物流が成り立ち、そのネットワークがなければ何もできなかった。家は母系が中心になり、必然、男は外に出ることになり、そこで男は「新しいネットワークを広げる」役割を負ったと推測される。当時のヤマトは通い婚が中心で、家で子を育てる女に比べれば、種を付けてまわる男は気楽なものだと思っていたが、家がなければ死ぬのである。家に寄生するための涙ぐましい努力はあったのだろうと考えられる。日本神話にスサノオノミコトのヤマタノオロチ退治の逸話があるが、スサノオはご存知の通り出雲の神様だが、彼が退治した頭が8つあって、酒好きで、女をよこせと煩い大蛇はヤマト王権の暗喩のように思える。だとすれば八俣遠呂智の正式な読みは「ヤマトオロチ」であろう。
🍎
さて、ピラミッドであるが、こちらも貨幣制度よりも早い時期に生まれた構造物だ。その建造にあたっては、以前(僕が小学生の頃)は奴隷が働かされていたように言われ、その後(僕が高校生の頃)、奴隷ではなく農閑期の農民が報酬をもらって従事していたと聞くようになった。それを聞いて、いくら有償とはいえ、もとは農民自身が稼いだものであり、一方的に税として徴収するのであれば奴隷と変わらないだろうと思ったものだった。La Luciole のなかでも、「労働によって物資を分配する」という文脈のなかでそれに触れたが、一方では違和感があった。果たして彼らに、所有・徴税といった感覚はあっただろうか。
我々は食い扶持のために働く。金を得ることが労働の目的だ。その視点から見れば、ピラミッド労働者も、元は自分が納めた税であるとはいえ、その分配に預かり飢えを凌ぐことが目的だったように思える。しかし、その見立ては貨幣経済後のエピステーメー(知識の地平線)に縛られているように思う。ひとりの絶対的権力者が組織を指導し、大衆をコントロールする、というシナリオには必ず「金」があった。ファラオも偉大なる王であるから、当然その力があるだろうと思われてきた。しかし、そうではないのではないか。
ひとはなぜ働くのか。「生存のため」だとしたら、その労働はじつに些細なものだ。毎月10万円もあれば生活できる。しかし、「推しに貢ぐため」であればその額は跳ね上がる。何十万、何百万あっても余ることはない。ピラミッド労働も、実は同じではないだろうか。より大きなピラミッドは、偉大な王が作ったのではなく、「民衆が作りたくてしょうがなかった」から大きくなったのではないだろうか。たとえば祭りの神輿担ぎが金のためではないように、ピラミッド建築も町内会の力自慢が総出で参加した祭りのようなものではなかっただろうか。その祭りに参加して酒や饅頭をもらって「今年いちばん大きい石を曳いたのがうちの連だ」と自慢げに語っていたのではないだろうか。伊勢神宮の式年遷宮(20年に一度の建て替え)も、今の時代だとなんのために?という疑問が湧くが、「町内会が楽しみにしていた」と考えるとスッキリする。つまり、建て替えそのもの、心御柱を伐り出して下ろすことが祭りであり、人生の娯楽のひとつだった。そしてその娯楽性を汲み上げ、神話として物語に編み上げることが、民衆の欲求を満たした。それと同様ピラミッド建設も、奴隷労働でも、賃金労働でもない、「祭り」だったのではないだろうか。
僕のなかではこう考えることで、じつはピラミッドの労働がどうであったかに留まらず、様々な謎が解けた。その後の貨幣経済によって人類は自由を得、同時に「価値」を発明し、あらゆる物資を可換とし、合理主義の価値観を発展させ、そこには貧困をはじめとする様々な問題が生じた――という一連の物語が完成する。この洞察から、「ひとは自由であったが、社会を内面化し、不自由になった」という古いタームは、「そもそもひとは集団的動物だったが、自由を内面化し、孤独にあえぐようになった」に逆転する。そしてこれが、僕が長くテーマとしてきた「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ移行する」というテーゼが真であることを示し、同時にそのテーゼそのものが、貨幣経済が作り出した「自由」という観念に根ざす幻想だとわかった。
最初期の作品である『浮遊大陸でもういちど』も、家族と社会の対比をテーマにしていた。それ以降、地縁社会を逃れ契約社会に活路を見出さんとする物語は何本か書いた。それらがいま「ピラミッド建築は祭りだった」という気付きで融解し始めた。これから僕が書く物語は、否応なく変わっていくだろう。だが、物語なんてのは「わからないこと」が動機になるのである。「わかってしまったこと」は、なかなか物語になり難い。果たして次の作品は、どうなることやら。