ネタバレ上等!ドラクエXのVer.7シナリオが良すぎる件

愁羽淋
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公開:2026/5/19

 先日、短い中断からまたドラクエXに復帰した。

 

 中断の理由は、あまりにもマネタイズが泥臭いためであって、ゲームのせいじゃない。

 おかげで、財布の紐を締めると決意するだけで軽々とアストルティア(ドラクエXの世界)に復帰できたのだが、不安はあった。

 Ver.7 の物語が、ネットでは賛否両論、というか、あまり良い意見を聞かないのである。

 とは言え、ドラクエはそもそも80年代のIPだ。いまの時代にはそぐわないところ、否、明らかにコンプライアンスを踏み越えてると思しき部分まであり、物語にはあまり期待していない。今回の復帰は「体がゲームを求める」故の復帰であって、そもそも物語になど1ミリも期待はしていない……はずだったが、これがプレイしてみると本気で素晴らしかった。拍手を贈りたいし、焼肉を奢りたい。僕もファンから焼肉を奢りたいと言われたことがあるので、ぜひその分を回したい。

 

 正直、Ver.7 も途中までは眉を顰めて見ていた

 男神である最高神が、ふたりの女神(娘)、ゼネシアとルティアナを創造して、ふたりにそれぞれの世界を統治させるという、クソとしか思えない世界観がベースになっている。その最高神グランゼニスがユーザーと等身大で人間臭く描かれるので、まさしくクソだ。80年代の老人の妄想のようで、見ていてずっとうんざりしていた。

 しかし、ドラクエ Ver.7 の物語を良いと感じるか、悪いと感じるかは、そこをどう評価するかにかかってくる。

 このクソのような最高神のキャラクター、クソのような背景に疑問が沸かないひとならば、怒涛の後半の展開も「ただの逆張りの連続」にしかならないだろう。

 

 

 グランゼニス神はゼニアス世界の創造神であるが、他の世界からの侵略を防ぐために「創失」という技を用いた。これによって世界には「創失」という破壊が呪いのように定着する。

 この自ら生み出した呪いを振りまく体質になってしまったグランゼニスは、同じく(ここはネタバレになるが)「創失」の力に魅入られた女神ゼネシアともども己を封印する。

 そして妹の女神ルティアナは、この呪われた大地ゼニアスを離れ、アストルティア(これがユーザーが普段プレイしている世界で、ゼニアスは古き神々の世界)に新しい世界を築く使命を負う。

 

 ここで、姉妹神である女神ゼネシアと女神ルティアナの立場の違いを見てみたい。

 

  • ゼネシアは、強い父の下で父の権力を奪おうとするが破れ、封印される。

  • ルティアナは、新しい世界へ向けて旅立ち、そこで生まれた新しい種族(プレイヤーたちのことを指す)が「やがてはゼネシアを救う」と期待される。

 

 こうやって「ゼネシアの妹への嫉妬心」「ルティアナのプレッシャー」と箇条書きにすると、それぞれの「創失」へのスタンスもわかりやすくなる。

 

 しかし、ドラクエXでは、それらが文字として書かれていないのだ。

 

 なんてこった。

 

 ゼネシアの嫉妬、ルティアナのプレッシャーは、感じ取るしかない。

 ラストは主人公すら「創失」した世界で、すべての歯車が狂って何もかも失われ、ゼネシアの意識からも妹や父への恨みや、最高神グランゼニスがふたりの娘に与えた無意識の禍根までもが「創失」したなかで、やがてゼネシアは創造神としての使命を取り戻すのである。

 なんと美しい物語だろう。

 他方、妹のルティアナもルティアナで、重すぎるプレッシャーから、「自分の分身」たる存在を作り出してしまった。今回いちばん辛いのは「創失を招くもの」を生み出したルティアナではなかったか。

 これらが、最高神グランゼニスのクソのような采配に由来すると考えると、ラストですべてがストンと収まる。

 

 しかし、書かれていない。

 

 ほんとに。

 

 これを感じさせてくれたのは、「雨の島」に生えた古い樹だった。

 いままでいろんなゲームで遊んできて、「説明臭い」だの「余白を埋めすぎる」だの文句を垂れてきたが、この樹に話しかけると、余白しかない詩的で胸に響くセリフが展開する。ちなみにこの樹の由来は、正直よくわからない。

 書かれていないものを勝手に解釈するなと言われそうだが、テクストというのはそもそもそういうものだと、物書きならばだれもが通っているであろうロラン・バルトも言っている。それに、クィア・リーディングってのはそういうものだ。

 ルティアナの苦悩とゼネシアの嫉妬は、書いてしまえば、ただの神々の痴話喧嘩のようになってしまう。また、「言語化」というのは「捨象」を積層した結果であり、書けば書くほど「書けなかったもの」が蓄積され、意味が狭まっていく。だからここは、余白で語るだけで十分であった。

  言語 = 創造

  捨象 = 創失

 と考えると、まさに僕たちは「創失」したものを読まなければいけなかったのである。

 

 ドラクエのセリフってのはそもそも芝居がかっているのだけども、Xでは輪をかけて舞台臭いセリフが散見される。アニメやゲームの文章として捉えるとやや違和があるが、舞台上のセリフだと思うとしっくりくる。とくに Ver.7 の最終章に入ってからはそうだった。そのため、ある程度こちらでチューニングをあわせる必要があった。

 ラスト近くで訪れる「雨の島」は、おそらく「天の島」の掛け言葉になっている。このさりげなく意味を脱臼させるセンスの良さ。

 その「天の島」で、由来のわからない樹と話してフラグが立つというのは不条理劇を思い起こさせる。もちろんドラクエXの異様な舞台っぽいセリフまわしを鑑みるに、書いたのはおそらく舞台オタク(逆に舞台脚本を書いてきたひとだったらここまでにならないのではないか)で、サミュエル・ベケットも別役実も熟知してのことだろう。

 

 と、そんな素晴らしいドラクエXであるが、この物語だけ抽出して遊ぶことができないのが欠点だ。

 今回取り上げてるのは Ver. 7 で、まともにプレイしたらそこに至るまで500時間はくだらないだろう。うちにはERの全シリーズのDVDがあるが、たぶんそれを2周観れるくらいの時間がかかる。

 レベルの上限ももはや140だ。海外を見ると、最大手の Word of Warcraft はレベルの切り下げを行った。一時期はレベル上限130あたりに達していたと思うが、「普通のひとが遊べない」という理由で半分に切り下げられた。

 ドラクエもレベルデノミはやっていいんじゃないかと思う。上限解放クエストも義務化せずに、「上限解放クエをやると経験値が2倍になるよー」などにしておけば、ほとんどのひとは自発的にやるだろうし。

 

 と、愚痴るところはしっかりと愚痴っての締めになるが、それにしても、良いものを見た。

 とても良い書き手がいることを感じた。

 世界は広い。

 まえまえから薄々感じていたのだけども、天才は僕だけではなかった。

 ドラクエXももはや老舗であるが、最近はずいぶん遊びやすくなり、新規のプレイヤーも参入している。

 僕もまあ、戻ったり離れたりしながらではあるが、気長に付き合っていこうと思う。

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで400円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage