春とけだもの

aida
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息をするように呪文を/息をするように心を力に変える

色がつくのが春でしょう? あなたが雪の野に立ったとき春が来ました

永遠と刹那は同じ 冬の川の鳥と水とを眺めて過ごす

思い出を汀で波が白く白くやさしくなるまで洗ってしまう

俺だけが俺の王、そう教わった 最強になりますよ《アルシム》

消したいと思わないんでこの類の魔法は下手なままでいいです

心臓を波が洗えばほどかれて流れ出てゆく感情のこと

千回の冬ではなくて千回の(たったひとつの)春だったこと

(そのときはあなたの声がする)石にならないと思いますよ、多分ね

空耳がいつもやさしい 欲しいもの特にないから目を閉じている

大体はひとりだったな 神様に願うだなんて弱いんですね

大陸ですか? どうでもいいな 誰よりも高いところで光る、それだけ

だけど気持ちは強いので脆い指脆い体と忘れてしまう

作り物みたいに薄い花びらをつまめば指の力で割れる

溶けきらず残るものたち(浴びてきた優しさや野蛮さやその声)

何事も起こらなかったから胸にあなたの椅子を用意しました

寝る前にはずした硬い宝石がその時だけはきらきら光る

美しき頭骨も指の精密もなべて死んだら石になる 夢

初めての気持ちがいまも もういないあなたがいつまでもつれてくる

花の名のようにあなたの思い出をいつか大事な人に話すよ

一つしかない心臓の雪が降るリズムに耳をつける(記憶の)

本当の春が来るまで幾たびも幾たびも指、思い出してた

見上げれば返事みたいに花だとか毛虫だとかを降らせてくれる

みちたりた修羅だった ありとある冬と死の湖の無為を愛した

めぐるいのちならばいつかの春の日にあなたに会える気がする野原

破ったら死ぬ約束をしたならば春が行かない気がしたのかも

爛漫とはあなたのことだ 爛漫とはあなた以降の時間のことだ

*

死の湖の思い出

ある晴れた冬の日熊に連れられて熊の育った湖にいる。退屈で寒いばかりの昼のあいだずっと吹いてた風がやんだら金色の世界が急にあらわれて声が出る。でも熊にとっては結果としての夕陽であって曇天や僕と等価であるらしかった。思惑や悪意に興味がない熊の、景色のひとつにすぎない僕のただ見られているだけの目だからただきれいな顔を見つめ返した。錯覚で時間までもがやわらかく甘い気がして来るけどやがて蜜がけの時間が終わる。夜が来る。また吹雪き出す。そして僕らはやっぱり何も話さずにただやり過ごす。それには意味がなくて優しい。

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春とけだもの/英田柚有子 2023.5