図書館で原稿作業をしていたら、司書さんとおばさまが、ちょっとだけぴりりとした雰囲気で話す声が聞こえた。本を水濡れでしわしわにしてしまったらしい。状態はよくわからないが、弁済の話をしているので結構な惨状だったのだと推察する。おばさまは上品ながらよく通る声をしていて、しきりに《荷物に雨が吹き込んでしまった》ことを強調している。おもしろいな、と思った。金払いをゴネているという雰囲気でもなく、粛々と弁済の手続きをしながらも、不可抗力であったことを主張する。
避けられない雨だろうが、故意に水溜まりに投げ込もうが、濡れは濡れ、汚損は汚損。余計な弁明はせずに対応を進めた方が気が楽なように感じてしまうが、おばさまにとっては自分に悪意がなかったことを表明するのが重要なようだ。彼女の中では本を汚すことは禁忌で、悪意を持ってする者は大罪人なのかもしれない。