コロナ禍もひとまずは落ち着き、弊社でもマスクを外すように、とのお触れが出たため、およそ5年ぶりに、シャネルの口紅を購入しました。他の化粧道具はドラッグストアなどで買い求めた安価なものばかりなのですが、口紅だけはシャネル、と決めています。はっと目の覚めるような、鮮烈な赤色。444番、『ガブリエル』。私にとっての運命の赤です。
かつて営業職に勤めていた頃、当時20代前半だった私にとって、マッチョイズム吹き荒れる、男性中心の苛烈な競争社会は、とても過酷な環境でした。年齢と性別の両方から、軽んじられたり、見下されたりする毎日でしたが、生来の気の強さもあり、「絶対負けないし、見返してやりたい!」という虚勢を張るためのお守りとして選んだのが、年齢としてはやや分不相応の、シャネルの口紅でした。幼い頃、母の鏡台でシャネルの化粧品たちが凛と輝いていた姿がずっと印象に残っていて、それ以来、大人の女性のブランドと言えばシャネル、という、単純なイメージからだったような気がします。
初めて訪れたカウンターの煌びやかな雰囲気に圧倒されながら、目を惹かれておっかなびっくり手に取った、ぴかぴかとした綺麗な赤色。少し派手すぎるかとも思いましたが、「あのクソみたいな環境でやっていくには、このくらいの色でなくては!」と、勇んで購入を決意しました。今思えば、完全に熱意が空回りしていて恥ずかしいのですが、当時は必死だったのです。
タッチアップをしてもらっている時に、「ガブリエルはココ・シャネルの本名なんですよ」と教えてもらったのを、へ〜、そうなんですね、となんとなく聞いていましたが、帰宅してからむくむくと知的好奇心が湧いてきます。調べてみると、彼女もまた、当時の男性ばかりのビジネスシーンを強かに切り拓いていった女性の一人で、「知らずに手に取った色だけど、今回の決意の願掛けにはもってこいの名前!運命みたい!」と勇気づけられたことを、今でもよく思い出せます。それからコロナの流行に至るまで、ずっと使い続けていました。
ここまで若かりし日の思い出を語ってきましたが、実は5年ぶりの口紅には、444番以外の色を選ぼうと思っていたのです。あの頃とはいろいろと状況も変わり、大変なことももちろんあるけれど、大体満足して過ごせている今だからこそ選ぶ赤、というのもある気がして、今の私が惹かれた色を選ぼう、と思っていました。
そうして、落ち着いた朱色っぽいものと、プラムのような色をしたものを試させてください、とお願いしたところ、「春ですし、このふたつの間くらいの色味で、もう少し明るいものもお持ちしました。お似合いになりそうだと思って」と、BAさんが持ってきてくれた3色目が、なんと444番ではないですか。あまりにも出来すぎていて、笑ってしまいそうになりましたが、やっぱり変わらず、この色が私の運命なのだなあと嬉しくなり、結局また、444番を購入して帰りました。寺山修司の作品に、『化粧をする女が好きだ。そこには虚構によって現実をやり切ろうとするエネルギーが感じられる』という旨の文章がありますが、少なくとも、私にとってはその通りだと思います。私にとっての化粧、とりわけ紅を差す行為とは、あの頃からずっと、祈りであり、願いであり、運命です。
(この日記を下書きに保存してから気付いた、202「4/4/4」という並びにも、何かしらの意図のようなものを感じました。いやすごくない???もういっそ怖い)
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せっかく山奥から都会へ降りて来たのだから、と、大好きな資生堂パーラーにも寄りました。百貨店を享受せよ。資生堂パーラーのパフェは総合芸術、オムライスは幸福の象徴です。