こうして、彼が今ここにいることが非日常であるのに。それが嬉しくて、坂道は去年の一生忘れられない大切な記憶を彼に話す。
高い山。薄かった酸素。皆の熱気。そしてその後の静けさ。何よりも坂道が今でも一番心に残っていることを誰よりもキミに知って欲しかったから。
「巻島さんに触れられた手の温もりがね、多分一生、忘れられないんだ」
「あはは」
突然、真波は笑った。
「好きなの?」
「え」
「巻島さんが好きなの坂道くん? さっきまで表彰式の思い出をオレに話してくれるって言ってたのに、すぐに巻島さんの話に変わっちゃったし。それとも東堂さん?電話いつも二人でしてるんでしょ」
冷えて澄んだ空気がいっそうに坂道の肺を満たし、真波の声が、眼差しが坂道の三半規管を乱していく。ドキドキと坂道の心臓が真波の言葉に期待してしまう。
「ねえ、坂道くんの好きな人オレに教えてよ」
そう、答えを求めるように真波は坂道に手を差し伸べた。