技術は愛から生まれてる

sponge
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技術やテクニックが、巷に溢れている。

昔からそうだけど、年を重ねるごとにその傾向は次第に強くなっている気がしてならない。

「〇〇させるテクニック」みたいなタイトルの本は、ほぼほぼ使役動詞が使われている。もしくは、「人から好かれる技術」といった、受け身の文体をとるケースも。

うまく言葉にできないけど、「そういうことじゃなくない?」と感じている。

”技術” は自分の表現の幅を広げる為のものであって、誰かを動かすためのモノじゃない。

それは自分自身も含めて。

テクニックは学ばないと使えないと思ってる人が多いけど、基本的に誰かが見つけたり発見したものをベースに、体系立てて整理したものが”ねテクニック”なわけで。

夢や理想、愛を追求した先に花開くものだ。

愛のない技術を学んだところで、それは真似事にすぎない。もちろん学ぶことは真似ることでもあるが、この違いが伝わるかどうかが一つの指標かもしれない。

要するに、「技術は相手のために身につけるものだ」ということ。

裏返すと、「愛があれば、自然と技術は身につくものだ」ということ。

そんなことを言う自分も、自分が何かを得るためにテクニックを学んできた。だからこそ、その虚しさに辿り着いたと思う。

寄与したい、表現したい、と思う気持ち。自分が受け取るためでなく、手渡すためのテクニックであってほしい。

そう思う。

@sponge
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