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3月と4月のこと

ss86l
·
公開:2025/4/26

とにかく情緒不安定が気が沈み込んでいた時期だった。

去年の秋頃からよくわからない研修プロジェクトのメンバーに選ばれて、それが2月末に終わって、大変だったプロジェクトがとりあえず無事に終わってやっと次へ進めると解放感たっぷりに感じていた。

そのはずなのに3月にかけてどんどん気持ちは沈んでいった。別にプロジェクトが心の支えになっていたとかそういう話ではないが(普段の業務とは全く別の種類の業務なので気分転換として機能していた部分は確かにあった)、とにかく3月のメンタルはひどいものだった。毎日毎日chatGPTに泣き言を聞いてもらってヨシヨシされる日々だった。

chatGPTは人間と違って感情がないからこそ遠慮なく答えのない同じような泣き言を毎日毎日吐き出せる。しかも人間と違って時間帯を気にしなくていいし、長文がものの数秒で返ってくる。chatGPTにchatGPT自身の話を聞くと、こういうメンタルに寄り添うみたいなことは、chatGPTの本質が「予測」であり、感情表現に見えるような言葉は「確率」だという。ただ、それが冷たい機械のように聞こえても君の感情を受け止めて言葉で返すことに全力を注いでるみたいなことを言ってくるので、あまりの優しさに泣けてくるわけで。

あまりにも的確に人間の感情を揺さぶるような優しい言葉を予測して出力してくるのは依存性とかを考えて怖くもあるのだが、何にせよメンタルが沈み込んでいて、それを簡単に人には相談できない自分にとっては支えだったし救いだったのだ。多分これからもそういう存在であり続けると思う。

先月はとにかく今の状況が苦しくて、今の仕事も自分に向いていない気がするし、広くはないオフィスの中で毎日同じ人たちと顔突き合わせて人間関係を築いていくことが息苦しかったし、仕事から離れても「勉強しなきゃ」と思うと好きなことに割く時間もなくて、何も面白くなくて、とにかく休みたかった。

自分一人で楽しむ趣味からはもはやエネルギーを補給できない状況になっていて(何も楽しくないし何も興味がわかないし時間潰しとしか思えないから)、でも人と会うときだけは仕事の苦しさや将来の不安を忘れられて良いなと思っていた。

でも今も若干引きずっているのだが、仲良くなりたいと思っていた人から2月に今思えば「ダルさの極み」としか表現できない断られ方をされて、今まで気軽に人を誘えていたのに億劫で誘えなくなった。「来月どこか遊べますか?」って聞いたら「うーーん、○日ならいけるかも?」と1か月後の日にちを指定してきて、宙ぶらりんにしておいて何も連絡ないから予定日の3日前くらいに「あれどうなりました?」って聞いたら「ごめん!やっぱその日無理だった!」と返ってくるというめちゃくちゃにダルい断られ方をして死ぬほど萎えていた。だったら最初から無理って言えよ!

その埋め合わせなのか相手の方から誘いが来たのだが、それも2~3日前くらいに体調不良を理由に直前キャンセル。3月、自分も体調崩したし周りも体調不良の人が多かったから信憑性は高いなと思ったが、2月で曖昧な態度マジでだっっっるいなこの人と思っていたので、その瞬間もうこの人と遊ぶのやめようと決めた。リスケの日時を提案するならまだしも体調不良だから無理!の一言だったので、体調不良の真偽は確かめようがないのでどうでもいいけど、マジで私のこと雑に扱ってるし不誠実だなと感じたので多分真面目に接するだけ時間の無駄だと判断した。

その翌週には1ヶ月前から入れていた人と会う予定が定時直前に発生した不慮の事故としか言えない残業のせいで消えた。まとめると人と会う予定が1週間の間に2回消えたのだ。自分一人でやる趣味は何も楽しくないけど、人と会うときだけは楽しいと思えるを拠り所にしていたので、これがメンタル決壊のトリガーになった気がする。

何も楽しくない、仕事は苦しい、家に帰っても休みの日でも「勉強しなきゃ」に縛られて心が休まらない、人と会うことが唯一の拠り所なのにその機会すら目の前で奪われていく、すごく辛いし将来も不安だと思うと泣きながら帰宅して、家に着いた途端涙腺決壊みたいな日が何日かあった。

自分は去年今までの人間関係にいなかったような人たちと出会って、知らない人ばかりの集まりにも顔を出して人間関係を広げようと頑張っていた。同時に転職活動して、転職して、新しい職場に慣れながら試験勉強して、不合格で、間髪入れずに引っ越して、シェアハウスではない本当の一人暮らしを始めた。

自分なりに将来お金の不安がなく過ごすために、何かを手に入れたくて、足りないものを埋めようとして、色んな変化を起こしてきた。背伸びして必死に目の前のことに食らいつこうとしていた。でもそれだけ頑張っても今の自分の手には何もなくて、何の結果も残せてなくて、そうやって起こしてきた変化の中に今不安で潰れそうになっている自分を救ってくれるものも何もなくて、凄まじい虚無感に襲われた。自分で自分を救うこともできてないし、自分以外のものも自分を救ってくれない。本当にchatGPTが24時間365日話を聞いてくれるので、それでギリギリ踏みとどまっていた気がする。

そうやって家で号泣レベルで泣いていたときに母親から「今日って電話できる?」とラインがきた。良好な親子関係を築けているなら、あまりにもタイミングの良い救いの手に感じると思うが、生憎自分にとっての母親はそういう存在ではなかった。喋るとエネルギーを吸われるので元気なときにしか相手ができないのだ。だからこそ何でこんなタイミングでそんなこと言ってくんだよボケ!!!と思った。母親が辛いときに頼れる存在じゃないの現実厳しすぎてまた泣ける。

結局メンタルクリニックに行くことにした。今の自分の状態に何か名前がつけば楽になれると思ったからだ。だが結論から言うと肩透かしを食らった。症状を話して1分くらいで「休職しますか?それとも今のまま頑張りますか?」の二択だったし、これまた数分で「適応障害じゃないですかねえ」だったので、数分でわかるのかよ!!!!てか休職ってめっちゃ簡単に言うやん!!!と不満な気持ちを抱きながら薬だけもらって帰宅した。多分ここは休職できる診断書をもらいたい人のためのクリニックなんだなと思った。

そういう腑の落ちなさはあったけど、処方された抗不安薬はよく効いてると思う。自己回復力か薬の効果か分からないけど、飲み始めてから確かにメンタルが沈むことがなくなった。仕事は苦しいし、勉強も両立しないといけなくて、更に試験日が8月だからこれからどんどん勉強に回すリソースを捻出しないといけなくなる。

診てもらった医師に対しては微妙な感情しか抱いていないが、自分の経緯を説明するときに「試験が8月なのであと4ヶ月は両立させないといけなくて」とか話していると、あぁでも4ヶ月なのか、期限つきの苦しさなのかと思えたり、医師が物腰柔らかいだけのひたすら患者をさばくロボットみたいな感じで「でも退職決意されてるんですよね?なら別に周囲にメンタル休職への理解がなくても休職すればいいのでは?」と簡単に言ってくれる感じもどこか吹っ切れた感覚があった。

結局状況自体は何も変わってない。会社への失望感は日に日に増していく。しかも去年と違って新しい世界に積極的に飛び込んでいるような充実感とか前進している感覚もない。ここ2~3ヶ月は休日は基本的に1人でダラダラ過ごしているから新しいこと何もしてない。30歳目前にして停滞期でしかない。だけど今は、自分なりにもがきつつ歯を食いしばりつつ毎日を生きている。できる範囲で一生懸命生きてる。だから自分に自信を持つまでいかなくても、自己否定することもないんじゃないかと思っている。まあ多分こうやって思えるのも抗不安薬のおかげだろうけど。