ライン

suda
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平凡な高校生。そうなるはずだった。三月の終わり、高校の入学式を目前にしたあの日、私の描いた理想は脆くも崩れ去った。

私にはあれ(・・)がある。皆にはないあれが。些細なことだけど、決定的に違う。最初から既にあった。

 

夏も始まってかなり日が経った。鳴き始めはうるさく思っていたセミの声も慣れてしまって、何も感じなくなった頃。期末テストも終わり、夏休みを目前にして通う学校はいつにも増してだるい気がする。

「おはよう!」

学校の横で通学路を同じくするクラスメイトが話しかけてきた。少し汗ばんだおでこはきらりと光っていて、自身の快活さを表しているようだった。女子バレー部に所属する彼女は確かセッターのポジション。周りを見る力はそこで育まれたのだろうか。因果は逆かもしれないが相応しいポジションだと誰もが思うだろう。

彼女はもちろんのこと、クラスの人達は皆とは違う私にも優しい。気づいているか分からないから、私は黙ったまま。私と皆の間にある全く違うライン。後ろめたさを感じなくもないが、厚意に甘えて日々を過ごしていた。

「おはよう、今日も本当に暑いね」

当たり障りのない返事。愛想笑いも、世間話も、随分上手くなった。経験が増えたこともあるだろうが、これも違いを気づかせないため。この学校に入学して一年と半年経つ。楽しくない訳では決してない、いわゆる青春も人並みに楽しんできたし、勉強も中の上以上をキープし続けている。皆との違いを少しでも減らそうと、消極的な理由で始めた部活動のダンスも楽しんで続けていた。クラスでも、部活でも、中心人物とはいかずとも順調な生活。

それでも、この違いにいつ気づかれるのかと私はいつも不安を抱えていた。

「でも明日からまたプールあるからちょうどいいかもよ」

活発なこの子には夏は様になっていてプールも楽しみの一つのよう、だ・・・

プール!忘れていた!いやなにもプールの存在を忘れていた訳でない。では何をそんなに慌てているかといえば、違いが注目されかねないから。気を配って着替えなきゃいけない。皆にはない苦労が次々と現れることに絶望する。

「プール嫌だな。」

思いは口に出ていたらしく、彼女はこちらをチラッと見た後、

「泳げるし、スタイルもいいのに何が嫌なの〜!私の方が泳げないから憂鬱だよ!」

そう言って大袈裟に肩を落としてみせた。

しかし、先程の言葉とは裏腹に、すぐに機嫌を取り戻す。隣で鼻歌を歌いながらカバンを振り回す彼女の事を、とても好ましく思っているが、秘密を隠す私にとってはそれがどうも能天気に見えてしまって、今は少しばかり憎らしく思えた。

 教室についた後、クラスも部活も同じで行動を共にすることの多い友人が話しかけてきた。いつも通り軽口を叩いた後、急に顔つきを変えて

「あんたってさ、」

妙に気になるところで口籠もる。

「え、なに?気になるところで止めないでよ」

「ううん、なんでもない。後で言うわ」

煮え切らない態度にイラッとするが、ここで深追いしたところで雰囲気を悪くするだけだ。何より私もこの場に留まっていたくない。足早に彼女から離れた。

 

 六時間目の終わりを知らせる鐘が鳴り、ホームルームを終えて先程の友人と部活に向かう。ダンス部の部室には誰もいなかった。

明日までの課題を確認した後、思い出したように彼女は言う。

「さっき言いかけたことだけどさ、私たちってどこか壁あるよね」

「え?」

「別に責めてるんじゃなくて、嫌いって意味でもなくて、ただただ壁を感じるよねって話。壁を造らせている私ももちろん良くないし、それを感じさせてしまっているアンタも良くはないのかも。でもそれを責めたい訳では本当になくて・・・。うーん上手く言えないや。関係を壊したいんじゃないからそこは勘違いしないでほしい。友達だとは思ってるし、これからも友達でいたいし。まあ、この話終わり!ごめん、先行くね。」

口を挟む余地もなく、一方的に言い終わられてしまった。ギイと重い音を立てて閉まったドアは心の扉そのものだ。

その日の部活は当然ながら身が入らなかった。あんな喧嘩を売るような言葉を吐いて出て行った本人は、何事もなかったかのように私にも周りにも話しかけて楽しそうに過ごしている。

心当たりは数えきれない程ある。すぐに言い返せなかったのはそれが図星だからだ。

ああ、あれもこれも全てあのラインのせいだ!

 

翌日の気の重さったらなかった。彼女は変わらず私に話しかけてくるだろうけれど、こちらはそんな気持ちではない。蝉の声はイライラを助長させた。

いくら思っていても、それをわざわざ口に出すものだろうか?そりゃ、私に原因があるのは分かっている。それでも私が秘密を隠して、必死にこの一年以上を過ごしていたことを知らないくせに!

 けれど、懸念していたプールの時間を待つまでもなく、件の友人に突かれたわけでもなく、その瞬間は訪れた。

下駄箱で上履きを出した私にバレー部セッターの彼女は今日も元気に話しかけてきた。

「おはよう。あのさ、前から思ってたんだけどさ、なんで制服のスカートにライン入ってるの?」