どうして「マクド」なのだろう。長年の疑問である。
公式が「マックフライポテト」と言っているのに、頑なに「マック」を認めないのは何故だ。
と、昔から思っていたにもかかわらず、ついに「マクド」に染められてしまった。言わずもがな、夫のせいである。
私の夫は奈良生まれ、つまり関西人だ。結婚を機に信州に越してきた、希少な「関西弁の男性」である。職場では信州訛りの強い上司のもと日々励み、妻の実家についてきては「ずらずら」言う母娘の会話に晒されている。そんな環境で一年が経ち、なぜか私のほうが関西弁らしきもの(夫いわく「それは関西弁ちゃう」)を喋ってしまうのはいったいどういうわけなのか。
私は関西に暮らしたことも、遊びにいくあてもない。「ちゃう」と思われるのも癪なので、できれば喋りたくない。「何度ここへ来てたって、大阪弁はじょうずになれへんし」とドリカムがぼやいているが、通ってすらいないのに「ちゃう」と駄目出しされている女が私である。
おそろしいのは訛りだけではない。やり取りがいちいちおかしい。先日は冷めたほっとレモンを飲んで「ほっとせえへん」と呟いていた。大谷翔平に顔が似ていると褒められた日は「気持ちは年俸十億になれる」とのたまっていた。またある日は漫画を読みながら突然「背中が痒い」と言っておもむろに私の背中を掻き「このへんが痒いねん」と訴えてきた。
おそろしや関西人。まるで瞬間湯沸かし器な私と毎日笑って暮らすとは。おかげで喧嘩もほとんどなく、私のツッコミスキルは向上した(夫談)。このエッセイも勝手にコミカルになっていく。
そんな夫だが、打ち解けるまではさほど訛りが出ない。老若男女問わず敬語で話すため、訛りが出づらいらしい。付き合い始めて程なく「ほな」という接続詞を彼が発したときは謎の感動を覚えたものだ。以降、徐々に露わになる流暢な関西弁がなんともうれしかったが、それが「伝染る」ほど耳に馴染んだと思えばまあ、悪くはないのかもしれない。
こんなにも私の生活を脅かすのに、おそるべき最終兵器「関西弁でのプロポーズ」を夫は使えなかった。シャイなのである。近頃は僅かに信州訛りが混じり始め、「ちゃう」と私が揚げ足を取る日も増えた。いずれは虹の橋のふもとで「まぁず、てきねぇなぁ」と座り込む夫の手を引いて「はよ行くで!」なんて急かす日が来るのだろうか。関西弁と信州弁が1:1になる頃までは、永らえたいものである。
[了.]