光をにぎっている について

姿
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自分は光をにぎっている

 

自分は光をにぎつてゐる

いまもいまとてにぎつてゐる

而(しか)もをりをりは考へる

此の掌(てのひら)をあけてみたら

からつぽではあるまいか

からつぽであつたらどうしよう

けれど自分はにぎつてゐる

いよいよしつかり握るのだ

あんな烈しい暴風(あらし)の中で

摑んだひかりだ

はなすものか

どんなことがあつても

おゝ石になれ、拳

此の生きのくるしみ

くるしければくるしいほど

自分は光をにぎりしめる

 

(詩集『梢の巣にて』山村暮鳥)

GR!!2にて展示しました真四角のSS、月島(と、ちょっと鯉登)の話。

山村暮鳥の詩がある。

読めば読むほど心に抱えたくなる生きの詩。そして月島にあてたい。

人を思う気持ちが、その人の道標になればいいなと思う。心よ光であれと思う。

夢主も鯉登も月島も、それぞれ己の光をにぎっていてくれ。

 

水面の描写は、映画『わたしは光をにぎっている』から受けている。(映像が好きな人はぜひ観てほしい。)

水面の揺らめきってずっと見ていられる。あのきらめき、刹那を言葉で表現するということに挑戦したかった。

また、彼らが "光をにぎっている" ということを映像的に示したかった。

うまくいってよかったなと思う。

 

弱った月島に「私ではだめですか」と言われたい。ここは、この小説においてかなり自己満足なスイートスポットです。

 

イベント当日は、たくさん感想をいただけて、1000字もない文章からそこまで汲み取ってくださるのかと、むしろ感想を書いてくださった方々の感受性の強さに感服した。あなたが素晴らしいです。ありがとう。

@sugatatera
文学しよか