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犬には気をつけて(小説)

スギ
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公開:2024/9/8

18TRIPの添と練牙の小説。朝班メインストーリーと添・練牙それぞれの区長ノベル読了済で書いています。

初出:2024-09-08


 かつて、ペットロボが今より普及していなかった頃。動物をペットとして飼育するのが一般的だった時代があった。特にイヌやネコが人気で、一時は多頭飼育やそれに伴う飼育崩壊、人気の品種を産ませるための劣悪な環境のブリーディングなんかも社会問題になっていたらしい。

 ペットロボより気ままで思い通りにならない生命を、しかも四六時中働きながら飼っていた人間がこのJPNでまあまあな数いたなんて、今では考えられない。特にイヌの飼育には適切な運動量を与えるために日々の散歩が必須だという。俺には縁のない生物だと思っていた。

 だからHAMA1区長として迎え入れられ、HAMAツアーズの社員寮に、しかも同室に、「しゅうまい」と名付けられた白いイヌが転がっているのを見たときはへえ、と思った。

(シゴトの前はイヌの臭いや毛を処理、か。めんど)

 珍しいから余計に、犬には気をつけなくちゃいけない。

 ペットのしゅうまいだけじゃなく、同室にはもう一匹犬がいた。人としての名前は(一応)西園練牙。俺がちょっと気持ちの良い言葉を重ねただけで添、添!と慕ってくる、馬鹿な野良犬。犬同士で気が合うのか、しゅうまいに一番懐いていた。朝のHAMAが好きだから、と朝一番に起き出して散歩にも積極的に連れ出している。どっちがどっちを散歩させてんだか、とベッドの上から犬たちの頭を見下ろす。

しゅうまいは昨日トリミングに行ったから、カーテンから漏れ出る朝日に白い柔らかそうな毛並みがツヤツヤと光っている。野良犬は服を着替えて、日焼け止めを塗って、今は耳に細々とピアスを付けているところ。こちらも金色のパーツに朝日が反射して、野良犬の顔を斑に照らしている。

(飼われてる犬は、きれいにしなきゃいけないもんね〜)

「さすが練牙さん、散歩にもきれーなかっこで行くんだね」

「あっ、添、うるさかったか…?」

 別にうるさいのは今に始まったことじゃないし、とは言わないけど。もうすぐ起きるから気にしないで、と手を振るとあからさまに野良犬の顔はホッと緩んだ。

「そりゃ、俺は西園練牙だから……いつでも誰に見られても、大丈夫なようにしたいんだ」

「てか、ふと思ったんですけど。そんなにピアス開けて、元の練牙さん?と違っちゃったりしないんですか」

 酒の席でもそうだけど、こういう何でもないところでポロッと言うもんだよな、と俺は少し期待していた。

「実は、小さい頃に将来どんな格好をしたいかって、話してたんだ。俺だって最初は、耳に穴?!ってびっくりしたけど……。練牙はオシャレにも詳しかったから」

「ふーん。いつ開けたの?」

「高校卒業ぐらい…だったかな。添も開いてるよな、添は自分で開けようって思ったのか?」

「ま、そうですね。」

 添はすごいな、自分でかっこいいと思うところに開けたんだな、と野良犬はごちゃごちゃ言っている。何も無いより数個開いてる方が地味すぎず派手すぎず、人に埋もれやすいから、なんて理由を聞いてもこいつには理解できないだろう。

「練牙さん、やっぱ病院で開けたんですか?」

「それ以外あるのか?」

「自分で開ける器具もあるんですよ。こんぐらいの大きさで。もし練牙さんが増やしたかったら、お手伝いしますよ」

 野良犬が本物に合わせ続けるなら、変化のタイミングに近ければ近いほど本物の足取りが追いやすいはず。自分で開ける想像がうまくできないのか、野良犬はやや怯えながら両耳を押さえている。えー、距離感ミスった?

 さらに怯えた野良犬は気づいていないが、しゅうまいが加勢するようにこちらを睨んでいる。群れとか仲間意識のつもりだろうか。散歩に中々行かないから怒ってるだけかもしれない。

「痛いのは嫌だけど、添は器用そうだし……ひ、必要になったら頼むかもな!」

「門外不出の痛くしない開け方、できますよ」

「す、すごい……!じゃ、じゃあ必要になったら、頼む」

「友達とおそろいにしてるなら、俺ともおそろいでどっか開けます?練牙さん、右全然開いてませんよね」

 それとなく俺と練牙さんは友達、なんて言うと野良犬はたちまち嬉しそうにする。が、すぐに気を取り直して、うん、いつかな!と言葉を濁した。

 流石に長話が過ぎたのか、しゅうまいがリードを引っ張って出発を促す。そんな振る舞いにも破顔しながら、犬二匹は寝室から出ていった。

 ま、そうだよね。それは「本物の西園練牙」のための身体なんだから。お前の一存で変えられるものじゃないんだろう。

 面白くない気持ちが胸のあたりでむかむか巡る。こんなときは彼女に全部吐き出せたらいいのに、まだ社長さんが寝てるからできない。

「添、ちょっと……」

「何?練牙さん」

 俺も野良犬もその日オフだったから、昼食も他の区長と一緒に取っていた。食べ終わった皿を運んでいると、野良犬が周りを気にしながら音もなく寄ってきた。皿運んだら、バルコニーに来てほしい、と耳打ちされた。はーい、と返すと他のやつには知られないように!と念を押される。

 こんなに気負ってるなら、大体依頼内容とは関係なくて空振りだろうな、と俺の直感が告げる。日中はあそこ暑いから嫌なんだよな。

 野良犬はバルコニーや周辺に人がいないのをよく確認してから、俺に手のひらに収まるくらいの、小さな紙袋を差し出す。

「開けていいっすか?」

「ああ!」

 なんとなく想定していたが、紙袋の中からはきれいにラッピングされた片耳用のピアスが一つ。金具も、淡い水色の控えめな石を固定するメッキも金。小さくて派手すぎず、作りがしっかりしてるからまあ及第点か。

「俺宛へのプレゼントってことですか?」

「そうだ!」

「俺誕生日まだですけど」

「誕生日は関係なくってさ、ピアスの穴は添とお揃いにできないから、せめてピアスだけでもお揃いにできたら、と思って……」

「マジか……」

 天然極まって恋人ヅラになることってあるんだ。俺のやや引いた空気を感じたのか、野良犬は表情を曇らせる。

「ご、ごめん、添に聞かずに買ったし、気に入らなかったか……?」

「いやいや、練牙さんからのプレゼントなんだから、もちろん嬉しいっす。サプライズにびっくりしただけです。てか、練牙さんもう着けてます?」

「ああ!石がHAMAの朝の色みたいだから、きっと添にも似合うぞ!」

 いつもは黒いのがはまっている、一番目立つ穴が違うな…とは薄々気づいていたけど。そして物はいいのかもしれないけど、

(似合ってないんだよな〜)

 添にも着けてほしい、という感情をダダ漏れにさせているので、左のを一つ外して着けてやる。きっと野良犬の想定通りだったのだろう。灰とレンガ色の瞳が輝いた。

「でもなんでバルコニーで渡したんですか?部屋でも良かったのに」

「なんでもないときに一人にだけ特別にプレゼント、なんて平等じゃないだろ」

「でもお揃いで着けてたらすぐバレません?」

「あッ!!」

「俺はいいけど、芸能人の練牙さんがずっといつもと違うの着けてたら、匂わせって思われちゃうかも」

「ほ、ほんとだ……折角お揃いにしたのに……」

 爪が甘すぎて、この人のマネージャーって大変そう、と会ったことのない人間の心配をしてしまう。野良犬より頭が良いという「本物の練牙」にも勘付かれるだろう。

 だれかに仲の良い友人がいる、なんてありふれたことだ。礼光からの依頼も俺はシゴトと割り切ってこなしている。無害な友人役として「本物の練牙」にバレないように立ち回れば、偶然接近できたときにも警戒されることもない。すべて「二曲輪貂」として考えれば、当然のこと。

 ……当然のことなのに、僅かな違和感がチラついて不愉快だった。俺が納得しようがしまいが、シゴトには関係ないんだけど。

「まあ、練牙さんがつけれなくても俺は大事にしますね。せっかく練牙さんからもらったものだし」

「添〜〜!!」

 野良犬が本物のイヌだったら尾がちぎれるほど振ったのだろう。喜びが表情から体の端々から溢れ出ている。ちょろい。

「大事なものだから、大切にしまっておきますね。落としたくないから」

「そうだな、俺もそうする。友達と同じものを大事にしてるなんて、いいな!まるで、」

「俺と練牙みたいだ」

 無邪気で馬鹿な野良犬は、きっと他の生き物の気持ちなんてわからない。他の生き物の存在自体、永遠に気づかないんだろう。

「そんなに?うれしいな、練牙さん」

だから、犬には気をつけなきゃ。

@sugika
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