無題

日々
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公開:2024/10/31

音楽を人に見せるにはうまくなければいけないと思っていた時期があった。わたしは小さい頃からエレクトーンを習わせてもらって、それはピアノになったり合唱になったりしたけれど、結局大学の中ごろまではなんらかのかたちで音楽を続けていた。

どの時期もわたしには先生、あるいは手本となるべき人がいて、音楽にはいつも正誤判断があった。うまく弾けなくてはいけない。うまく歌えなくてはいけない。なにかができるようになっても、別のことができていないことに気がつく。果てのない塔を登るように目標が次々と目の前に現れる。それを楽しめたらよかったんだろうと思うんだけど。わたしはだんだん、いつまでも欠点に気がつき続けることに疲れて、単に音楽をやることの楽しさなんて、はたして初めからあったのかどうか疑うほどになってしまった。知ってる曲が弾けるようになること。綺麗に響かせられるようになること。それらの喜びはすっかり忘れてしまった。そして大学のころ、部活の集大成ともいえる演奏会に出ないで、わたしは音楽と真面目に付き合うことをやめてしまった。

けどその数ヶ月後に、YouTubeでいくつかの配信アーカイブを見て、「完成したものしか見せちゃいけないなんてことはないんだな」と思えるようになった。あんまり推しの話はしないようにしているので詳細は伏せるけれども、その配信はスタジオを押さえて複数人で楽器を演奏したり歌ったりするようなやつ。で、あんまりちゃんとセトリも決まっておらず、「次なにやる?あれ?あ、いいよ」みたいな感じだったり。歌詞や入りのタイミングを間違えたり。「今のとこ良かったからもっかい!」と二回演奏したり。ライブというよりは練習を垣間見しているような雰囲気で、ただそこには歌ったり演奏したりすることが楽しいと感じている人たちがいて、ああ、音楽ってこういうものだったんだなって思った。それがなければ、わたしは歌うのも音楽も嫌いになっていたかもしれないと思う。

今はカラオケに行ったり、OGとして演奏会に出たりすることもできるけれど、やっぱり「歌うのが楽しいってなに?」と迷宮に入り込んだような気持ちになることも多いから、ただ演奏すること自体を楽しいと思える人はまぶしいなあと感じるのでした。

@suzu_sn
息継ぎをする