⑥食品サンプル、それもミートボールスパゲッティ(あなたのこれからの身代金)/榊原紘
小さい頃の夢が食品サンプル職人だったくらい、食品サンプルが昔から大好きなので、無価値・無意味などとは思わなかった。
どういうオチをつけるのか想像もできないまま読み進めて最後の身代金で、しっかり意外性がある。身代金はとても日常の言葉とは思えないので、嫌なことを言われた気持ちにはならない。
改めて読むと、「これからの」ということは、今までの身代金もあったんだろうかと思った。
⑩もうしてるのに結婚をしなさいと蝉の顔して祖母が来るのよ/大森静佳
穂村さんが言っていた、二句目に「のに結婚を」が来ていて強調されているところが一番いいと思う。
時間を繰り返しているとかではなくて、認知症の症状の表れのように思える。
とにかく結婚をしないと幸せになれないという価値観の時代を生きてきた祖母の、自分自身に言い聞かせてきた言葉が強化されている。
だから、主体がもう結婚してるかどうかは関係なく、強迫的な言葉を繰り返すのだと思う。
13 夕暮れの色の卵を割り開きこころは慣れていく夕暮れに/堂園昌彦
「慣れていく」という部分がやはり肝だと思いますが、服部さんの言うように「一回一回の夕暮れが毎回特別」というのが確かにそうでもあって、ただちょっとだけ違うような気もした。
まず最初に「夕暮れの色」と言っているので、「一回一回の夕暮れ」というより、夕暮れの色というものとして一般化している。
ただそれを、割ったら不可逆な卵として、一回きりの特別なものに変えている。
何度も見た夕暮れというものがあって、それが本当は一回として同じものはなくて、けれども、その度にいちいち特別さを感じていてはまともに生きていけないから、一回きりのかけがえのなさを馴染ませて感じないようにしていく……みたいな歌かなと思った。