好きにさせちゃって、ごめん。

スイ.
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こんなこと聞くのもなんなんだけど、と自分でも戸惑いつつ、ゆっくりと「ねえ、カレってさ、私に恋愛感情あると思う?」と尋ねた私に、彼女は眉を顰めて ア"ーッ と仰け反り、"これって言っちゃっていいやつかな?" という声が聞こえてきそうな間を少し置き、そしてはっきりと「うん。」と答えた。

そっかぁ。勘違いである可能性は?

……ない。あれでもし、スイ ちゃんのことを好きじゃないのだとしたら、向こうのほうが罪深いと思う。

私は大層困った、けれどもモヤモヤが少し晴れて清々しくなったような、カレと私の両方を知る共通の知人からすれば複雑な表情をしていただろう。

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カレは大学4年間、仲良かった男友達だった。

1回生の頃に、グループワークのある教養科目で班が一緒になったことで出会った。そのときの班が同じだったメンバーは私以外全員男子で、3年経った今でもみんな縁あって仲がいいのだけれど、カレは別格だった。

教養・専門問わず、相談して決めたわけでもないのに履修する科目はほとんど同じで、ゼミの志望順位も一緒で、結局同じゼミに進んだ。

根がポジティブで大胆な私と、ネガティブ思考で慎重なカレとでは、一見 気が合いそうにないのに、自然とお互いの考え方を素直に受け容れることができた。

だけど、不思議とひとに対する誠実さやどんなとき, どんなひとに違和感をおぼえやすいか、LINEをもらったら確認次第即レスする, やりとりしている最中にお風呂に入る・家を出るというイベントが発生した場合に「ちょっと抜ける。返事遅れるかも」と断りを入れる、といったような感覚的な部分はよく似ていて、一緒にいて不安になることがなかった。

たくさん励まし、たくさん励まされてきた。

言葉に対する感度や趣味が驚くほどよく合った。相手の言い回しにセンスの良さを感じたり、言おうとしたことが同じだったり、カラオケに行ったときに自分が歌う予定だった曲が相手に予約されていたりすることは日常茶飯事だった。お互いに物書きである私たちはnoteだって、相互フォローだ。

隣にいることが多くて、よくニコイチの扱いを受けた。カレが隣にいないときに廊下や授業で友人に会うと「あれ?今日(カレ)くんは?」と聞かれた。カレはカレで、私が学校を休むと「今日、スイ ちゃんは?、といろんな人から聞かれた」と言っていた。

知り合ってすぐの人にはよく「(カレ)と付き合ってるの?」と問われ、私たちは「いや、友達」「この人(私)、長く付き合ってる彼氏いるし」と答えた。

*****

「スイ ちゃんのときと、他の人のときで明らかに態度とか行動とかちがったやん?ずっと」

という彼女の言葉に、そうかなぁ と、とぼけることはできなかった。

ずっと気づいていた。カレが私にだけ特別に心を許していたこと。

だけど、それが友情なのか、依存なのか、恋心なのか、判断することを難しくする要素が私たちの間には多すぎた。

カレは人の気持ちには敏感なのに自分の気持ちには鈍感なところがある。加えて、最近は心が不安定で、カレ自身も自分の感情に名前をつけることがこの件に限らず難しくなっているのを横から見ていても感じていた。

いつかカレから恋心を向けられたとしても、私がカレに靡くことはないと確信していたし、カレが望むのなら友達としてこれまでの関係を続けることができるだろうと思っていた。それくらいには、自分にとってカレは大切な友人である自信があった。

だけど。

ここ数ヶ月、カレから明確な想いを向けられていると感じることが、確実に増えていた。

これまで一度も、自分から私を誘ったことがなかったカレが、ことあるごとに2人きりになろうとした。

ちょっと貸したものを返すとか、他の友人たちがいても大丈夫なことでも、カレはわざわざ1人だけ他の場所に移動して、LINEで私を呼び出すようになった。これまで大学の帰り道に電車で話していたような内容を話すために「ちょっと聞いてほしいことある」と、そのためだけにゼミの前後に呼び出すことを厭わなくなった。ゼミ終わりに「このあと時間ある?連れ回していい?」と聞かれ、今から(私たちと同じゼミの友人)とスタバ行くんだけど、と言って友人を含めて3人でにしようとしたら、「じゃあそのあと2人で」と食い下がるようになった。私が見てきた中の誰よりも心を開くまでに時間がかかり、物理的な距離の近さを嫌う人なのに、横並びで歩いていて肩が当たったりして(近っ…)と感じるほどに近づいてくるようになった。

そのあとの予定からして11:45集合で十分なのに、11:00に集合したがった。元々の予定が終わっても、夜ごはんまで一緒に食べたがった。今まで言われたことがなかった「今日はありがとう。楽しかった。」を会った日には必ず言われるようになった。

カレは今、心が不安定で、その事情を知っているのが私だけだから、私にしか話せないことがあるからであって、別に特別な感情はない。

これまでそう言い聞かせてきたけれど、その論理が無意味になりつつあることが、肌で感じていた。

決定的になったのは、卒論審査会の日。

30日と31日の2日間に分かれて実施された審査会で、うちのゼミは私だけが31日で、10:00〜15:00すぎまでの審査会時間の中でも他分野他ゼミの間の12:30が私の発表だった(事務室が決めたらしいけど、うちのゼミには転ゼミした人とか5回生の人とかもいるのにその人たちは30日で、ほんとうに誰のことも何も考えていないゴミ采配だったなと今振り返っても思う)。

審査会の日、ゼミの誰にも会えないんだな…と虚しく思っていた中で、冒頭に出てきたゼミの親友が私の発表を聞きにきてくれることになり、他ゼミの友人たちもきてくれることになり、なんとか乗り切れそうだと思っていた。

けれど当日、蓋を開けてみる私の発表時間には彼らだけではなくて、カレもいた。

カレは、実家から通っていて、通学に1.5時間〜2時間はかかる。なのに、私の発表を聞くためだけに大学に来た。そして、発表を終えて3人席の左に私、右に親友が座っていたら「あとでそっち行く」とLINEがきて、その結果、私と親友の間の真ん中の席に座って、審査会が終わる時間までいた。

そして、その日、帰宅後にLINE上でカレはお願いがあるんだけど、と切り出し、「スイ が東京に行くまでに2人で遊ぶ日を設けてほしい」「東京に行ってからもたまにダル絡みしていい?」と言った。

いいよ、と答えたものの、次の瞬間にどんよりとした心を無視できなかった。

*****

「なんか、(カレのあだ名)って、じーっと見つめるよね。」という言葉に頭の上にはてなが浮かんでいる私を見て、彼女はさらに続けた。

「(カレのあだ名)ね、たまにじーっと1点を見つめることがあるんよ。で、その視線の先を辿ると、大抵 スイ ちゃんがいる。」

「なんか(カレのあだ名)自体も、多分最初は気づいてなかったんだと思う。でも、多分漫画とかドラマみたいに何気ないきっかけで意識するようになって、自分の気持ちが恋愛感情なのかどうか、きっと自分でも迷ったんだと思う。4回生のはじめくらいかな?それまでほとんど スイ ちゃん以外の女の子と話そうとしなかったのに、ゼミの他の女の子とこれまでよりも積極的に話して、自分の気持ち測ろうとしてるんだろうな、って感じの時期あったよ。」

「あれだけ気を遣うあの人が、あえて空気を読まずに2人きりになろうとするって相当なことだと思う。相当、がんばってると思う。」

知らなかった。その視線に、変化に、私は気づきもしなかった。

そしてそれを知っても、私の心は 1 mmも動いていない。

「(カレのあだ名)は スイ ちゃんのこと好きなんだろうなって思ってたし、むしろあのポジションにいて スイ ちゃんのことを好きにならないなんてことがないだろうと思ってたけど、スイ ちゃんの方は第三者から見ても(カレのあだ名)に対する特別な感情は一切なくて、キープする気すらないことが清々しいくらい明らかだったから、なにも言わないようにしてたの。」

と彼女は言った。

彼女のいう通り、私には、特別な感情もキープする気もなかったけれど、自分がカレにとって居心地のいい関係を作った自覚はあった。カレが かまちょLINEをしてきても、私は受け止めた。カレが一般的に見てどんなに重く、面倒くさい自己嫌悪発言をしても、私はそれを否定し続けて、ポジ変して返し続けた。そういう「君の味方だよ」という私の態度が、カレの中に恋愛感情を芽生えさせたのだろうという自覚すらある。

だけどそれは、カレが恋愛対象外で、何も考えなくていい関係だったからできたことだ。カレに返信を送るとき、リアクションをするとき、いつも何も考えていなかった。カレがどうすれば気持ちが軽くなるのか、どんな言葉を望んでいるのか、それがわかるから、考える必要なんてなかった。今思えば、耳馴染みのいい言葉をテキトーに口先から放っていただけのように感じて、自分が嫌になった。

男の人は「ここまで相手に尽くすってことは、俺はあの子のこと好きなのかもしれない」と思った時に相手への恋心や愛情を自覚すると聞いたことがある。

カレとっての「ここまで尽くしてくれた」のレベルを私は実践していたのかもしれない。でも私にとっては大したことなくて、片手間でできる程度のことだった。その結果、私に想いを寄せてくれたというのに避けたくなるなんて、客観的に見てすごく、身勝手で残酷だと思う。

まだ友人としてカレを失いたくないと思えたらどれだけよかっただろう。だけど、心が不安定になっていて、いつも同じような内容の自己嫌悪発言を、LINEでも会っている時も聞くことになるのが面倒くさいと思ってきている。ほんの少しのLINEですら返す気が起きなくて、最近は返信すらせずにリアクションボタンを押して終わらせてしまっている。

私に恋愛感情があるとわかっている状態でカレと関係を続けるようなこと、私にはできなかった。

それは、恋人に失礼だからとか申し訳ないからというのもあるけれど、それ以上に、応えられない想いを向けられることに「重い」と感じてしまうからなのだと思う。たとえ、私に恋人がいなかったとしても、カレを選ぶことはないと確信を持って言える。

願わくば、自分に対する感情に「恋」と名付けないでほしかった、と思う。

だけど、その何倍も強い罪悪感がある。

私が知る限り、カレが自分から誰かに片想いしたことは初めてなのに、その相手はよりにもよって恋人がいるだけではなく、こんなに残酷な私で、ごめん。

好きにさせちゃって、ごめん。

だけど、君の次の恋がうまくいきますように、君が少しでも死から遠ざかりますように、君のメンタルが安定しますように、君が安心してすべてを吐き出せるような良い友達ができますように。それだけを心から祈っているよ。

@swipsy06
なんだかんだ読まれたがりだから、noteを出ることはないと思っていたのですが. note.com/swipsy_06