殴られたくだりで「おミケ」と叫ぶ

T.O
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公開:2023/11/18

「クライアントは、ダビデ像の鼻をもっと削るように言いました。完璧なバランスで完成したと内心自負していたミケランジェロはむっとしました」

「我々ならば、ここでクライアントに抗議をするかもしれません。けれどミケランジェロはそうしなかった。『わかりました、修正します』と言い、脚立を登ると、ダビデ像の鼻を彫っているふりをしながら、手からこっそり握り込んでいた石くずを、ぱらぱらと落として見せました」

「しばらくそうした後、ミケランジェロは『出来ました』とクライアントのもとに戻りました」

「クライアントは『いい出来になった』と喜び、完成したダビデ像に満足しました」

学生の頃。卒論に繋がるゼミの時に、教授が話してくれた逸話である。

元々、自分と同じ誕生日の芸術家としてミケランジェロを知っていたが、このミケランジェロの機転と狡猾さを表す逸話で、一気に興味が沸いた。(かといってそこまでガッツリ知見を深めた訳でもないが。)

軽く検索しただけでも、弟子として活動していた頃に、兄弟子の作品をdisってぶん殴られ鼻っ柱をへし折られたとか、創作活動以外には無頓着で孤独な人であったとか、思いの外親近感の湧くエピソードが多い。やっていることの規模は真逆にも程はあるが。

結構言葉にも躊躇いがない人だったようで(あんたもか)、「絵画より彫刻の方が上」とか言ってくれよったそうだが、そのどちらも時代を築くレベルでずば抜けているのだからこちらとしてはぐうの音も出ない。ちくしょう俺だって2Dに加えて木彫と粘土は出来るもん

そうしてふと湧いた興味から、彼の残した言葉を調べるうち、いくつか気になるものが目に留まった。

>The greatest danger for most of us is not that our aim is too high and we miss it, but that it is too low and we reach it.

>「最大の危機は、目標が高すぎて失敗することではなく、低すぎる目標を達成することだ」

ぞくりとした。

繊細な人の存在が明るみになり、自分も人も生きづらさを共有する世である。

かつてのようにシバかれ足蹴にされながら、それでも食いついて立ち上がるもののみ育てるのは、ハラスメントであり人材を食いつぶす行為に終始すると理解されてきている。

そんな人たちを確実に育て、前進させるのは、小さな成功の積み重ねであり、小さな目標を達成して、自己肯定感を集積することである。

そんな認識と理解が進み、場所によってはすごく優しく生きやすい環境が整ってきている。

だがそれは「多くを生かす」思考であり、「個を鋭利で頑強にしていく」思考ではない。

小さくなってないか。俺の目標。

達成して自分のモチベーションを保ち、次の目標を達成するためまた臨む。これもすごく重要なことだ。この目標が小さいからこそ、制作品のクオリティと制作スピードを保てているのはある。商業活動をしていればやむを得ぬ部分もある。

やむを得ぬに終始して、同じことだけ繰り返していないか。

低すぎる目標ばかり達成して、自分の自己肯定感が酷く矮小なことに気づいていないんじゃないか。

>It is necessary to keep one’s compass in one’s eyes and not in the hand, for the hands execute, but the eye judges.

>「羅針盤は手の中にではなく、目の中に持つことが必要だ。何故なら、手が実行し、目が判断するからだ。」

自分の今を測り、次を探る目は それを描き出して俯瞰する目線は培われているか?

死ぬまで伸びしろしかないのが創作活動というものである。不満があるからこそ筆は走り、満足しないからこそ新しいものを求め、どこまでも作り続けられる。

偉大な芸術家が偉大であるとされるのは、その実績は勿論のこと、それを為した哲学をしかと持っていたからなのだと再認識させられる。

自分にそれだけのものは持てているだろうか。現職10年のベテランと言える域になった今でも、人に何か言えるだけのものは俺には備わっていない。

今の自分の作風は好きだ。だけどまだ何も描けちゃいない。全然伝わらない。伝わっていない。「鋭利で頑強な個」には遠く及ばない。

人の言葉は鏡だ。そこに自分を映し出して省みることが出来る。

お気に入りの鏡が身近に持てるようになったことで、自分の在り様の迷いは、きっともっと減らせていけるようになるのだろう。多分。

いずれ自分の言葉も誰かの鏡となれるくらい、自分の哲学が確立できるまで、どこまでも悔しがりながら描き続けていきたい。

参考:https://iyashitour.com/archives/36134