最後に東京に行ったのは、マンション売却の契約に行ったときだった。何にも考えられなくなっていたわたしの代わりに、母が不動産屋とのやりとりや売却手続きをいろいろ進めてくれていたけど、契約の日は本人のハンコやサインがいるので、母と一緒に日帰りで上京した。日中、少し動けるくらいにはうつがマシになった頃だった。(まあ、新幹線をおりてすぐの東京駅の階段でめまいがして転びましたが。苦笑)
あれから10年以上経ち、また東京に行くための理由が「博士課程の学生として学会に参加するため」になるとは思わなかった。わたしの人生、想定外のことばかり起こるね。まあ、だから人生はおもしろいんですが。そもそもの想定が狭すぎた、ってことは言えるのかもしれませんが。
さて、品川駅の新幹線ホームに降り立ったわたし。東京で最初に住んだアパートは品川の隣の駅が最寄りだったし、新幹線も、帰省で年に2〜3回は使っていたから、見慣れた風景だ。10年以上の歳月は感じられず、まるで昨日と今日のような…、ちょっと実家に帰省していてまた東京に戻ってきただけのような、不思議な感覚に陥った。
うつで働けなくなって、10年も東京を離れていたのは夢だった?あのアパートに帰れば、あの部屋がそのままありそうな…明日から仕事復帰だよって言われたら、あっそうですよねわかりました、とあまり違和感なく受け入れられてしまいそうな。若いままの姿のわたしが、今、ふいと目の前を歩き過ぎてゆくかもしれない…ような気もした。べつに、あの頃に戻りたいなどとは全く思わないし後悔もないんだけど、ただ、そういう感覚がわいてきたのだった。
山手線に乗り、新宿で私鉄に乗り換え。新宿には、西口のほうにある英会話に通っていたことがあり、ここもわりと見慣れた風景。相変わらず人が多いしごっちゃごちゃしてるけど、都会人らしくうまく人を避けて、ぶつかることも迷うこともなく目的の路線へ。土地勘もそのままだ。
学会1日めに参加のあと、泊まったのは歌舞伎町にある安いカプセルホテル。新宿駅周辺の東西南北は覚えていたので、だいたいあっちだなと歩き、そんなに迷わずに到着。まだ東京人としての感覚が残ってるじゃん。やるなあ、わたし。
学会2日めにも朝から参加し、午後になって、さすがにしんどくなってきた。じつは金曜の朝から3日連続で早起き&寝不足だし、あとやっぱりわたしはたぶんうつ病と不安障害のせいで、若かったあの頃よりも様々なストレスへの耐性が著しく低下している。周りにたくさんの人がいること、移動の電車内の騒音や匂い等々がボディーブローのように効いてきており、19時前の終了までいてから新幹線で長距離を帰るのは体力的に無理だと判断し、早めに帰ることにした。ドリンク剤で帰るためのパワーをチャージし、18時過ぎには帰宅した。
帰るなり「オマエドコイッテタ!!ズットイナカッタ!!ワタシサガシテタ!!」等々、わたしに文句を言いまくって怒るネコ。かわいい。とりあえず仰向けに寝転がったわたしのお腹に乗ってきたので、30分ほどネコを撫でながらぼんやりしていたら、ようやく「ああこれが日常だ」という感覚が戻ってきた。品川に着いたときから、ちょっと地面から浮いてるような、何が現実でわたしは何者なのかが宙ぶらりんのような感じがしていたのが、再び地に着いたみたいな。そうだ、わたしはここで生きていたんだった、と自分をしっかり捕まえ直したような気がした。
ところで、地元の駅に着いてまず感じたのが、視界に人がゼロ、最高!ってことと、空気が良い!でした。今まで空気が良いなんて感じたことなかったんだけど(それがいつものことだから)、東京から帰ってきたらすごく実感した。東京の電車内は、そもそも人が多いことや、わたしの感覚が過敏になってることもあるんだろうけど、ずっと耳栓してたし、匂いがこもって耐えられずハンカチで鼻と口を抑えてることがわりとあった。幾多の人、香水、柔軟剤、等々の匂いが入り混じり、梅雨の湿気も相まって淀んだ空気。生臭い体臭の人にもわりと遭遇して、こりゃかなわん、と思った。普段の食べものや水の綺麗さも関係してるのかな、などと考えたりしていた。地元でも、満員電車で人とゼロ距離になることはあるけど、こんなに匂いがキツイと思ったことはなかったので。
とりあえず田舎は良いし、若くて元気でなけりゃ東京では暮らせないな、と実感した次第です。