冬晴の道を歩いているときだ、と思った。
歩を進めるにつれて、まわりの家々や木々が視界に入り、そして消えていく。
大きな建物なら遠くにあるときからもう見えていて、近づけば次第に大きくなる。さらに近づくとぐんぐん角度が変わり、見えるのは一階部分だけになって、最後には視界から外れる。
そんなふうに、空間のなかを動きながらその空間を感じ取るさまを言葉にした句だと受け取っている。
冬服で手足を隠していて、冬の空気に当たるのは顔だけ、という様子も思った。
歩く動作を例に挙げたけれど、移動方法は書かれていない。乗り物に乗っていると読むこともできる。
顔の高さを保って移動することは、(それができる人にとっては)とても簡単だ。
しかしながら、それを〈かほの高さを保ちつつ〉と感じることはたやすくはない。
なにかを感じるとき、その前提条件として自分の身体があるということ。そのことへの意識がある。
冬をゆくかほの高さを保ちつつ 鴇田智哉
『エレメンツ』所収。
唐突に一句鑑賞を書いたのは、五月ふみさんのアドベントカレンダー企画に乗りたかったから。
ある朝、駅までの道を歩いていたときにピンと来て、この句がいいと思った。
書いてみると、発見があった。
ふみさん、鑑賞文を書く機会をありがとうございます!