私が歌人だった、ある一年間の話。

枡野浩一さんと出会ったのは、2009年12月に編集者のアライユキコさんが主催した忘年会の席だった。枡野さんは『かんたん短歌』という現代口語で作る短歌を提唱し、実践してきた歌人である。小説やエッセイも多数執筆している。かねてから、私は枡野さんの読者だった。その頃、iPhoneでUstreamのリアルタイム配信ができるようになったばかりで、忘年会の様子を配信しながら枡野さんともやりとりをした。

そのあと、ちょっとしたトラブルになった。枡野さんから、配信しているとは知りませんでした、すぐに削除してくださいとの連絡がきたのだ。私は慌ててアーカイブを削除して、お詫びのメールを送った。

当時、NHKのサイトで各分野の第一人者の20代の仕事についてインタビュー記事を編集する仕事を担当していた。これはなにかの縁ではないかと思い、出演をお願いしたら快諾してくれた。サイトはのちに閉鎖されてしまったので、インタビュー記事を紹介できないのが残念だが、枡野さんのリクルートや音楽ライター時代の風変わりなエピソードが聞けたのは幸運だった。

当時の枡野さんのツイートは異様だった。すべてのツイート、たとえば誰かとの論争なども五七五七七の短歌になっているのだ。私もならって、枡野さんへの返信は三十一文字にしてツイートした。

時はさかのぼり、2008年11月。私は仕事でインコを飼い始めることになった。気がついたらインコをすっかり溺愛していた。しかし、私の周りの反応はインコに対してとても冷ややかなものだった。どうにかして、インコの魅力を世間に伝えたい、膾炙させたいと思っていた。

そこで、私はインコへの愛情を短歌で詠んではどうかと思った。そして、表現者の端くれとして、インコがテーマなら短歌という文芸を少しは自分のものにできるのではないかとも思った。

2010年4月22日。最初の歌をツイートした。

確実に怒られるのが前提の電話をかける前に放鳥

この短歌は、のちに出す短歌集に収録している。いま見ると、「放鳥」という単語が一般的ではないのが気になるが、悪くはないと思う。

それから何首か作ってみたものの、なかなかいい歌ができない。そこで、枡野さんの「一人で始める短歌入門」を買って読んでみた。すると、私は短歌とはそもそもどういうものかという基本的なことすら理解していなかった。この本はとても実践的な内容で、勉強になった。

2010年8月4日。当時、私はインコをモチーフにしたアパレルをやっていて、販売していたTシャツの宣伝方法をめぐってmixiのセキセイインココミュニティの管理人と揉めていた。そのとき、管理人へのメッセージのあとに短歌を添えてツイートした。

【ミクシイのセキセイコミュの管理人さん…そんな目の敵みたいにしなくても…インコが好きなだけなのに…完売しても…人件費、諸経費を引くと手元に残るのは10万円ぐらいなのに…】

もしキミがインコだったらゆるすけど インコじゃないし ゆるさないです

何十首も短歌をツイートしていたが、初めて枡野さんから「いいね」をもらった。やっと認めてもらえる歌が詠めたのかもしれない。小躍りして喜び、自作の短歌集が作りたくなった。

これまでの歌を推敲し、新作を作り、一冊分の分量になったタイミングで、短歌集を出す旨をツイートした。すると、枡野さんから、「インコ短歌集……、事前にちょっと私に見せてみたりしませんか。細かい点に気づくかもしれません。」というDMが届いた。戸惑った。正直、見せるのが恥ずかしいかった。

しかし、プロの歌人に短歌を添削してもらうチャンスなど、この先ないだろう。枡野さんの短歌は、私に現代語で自由に表現する可能性や楽しさを与えてくれた。私は、敬意と感謝の気持ちを込めて、収録予定の短歌をすべてメールで送った。

枡野さんは、私の作風を尊重してくれて、指摘してもらった箇所は少なかったが、すべて的確だった。たとえば、《「かみころせ、花火にはしゃぐカップルを」 インコに話しかけた夕方》という歌には、「花火」と「夕方」は時間が重なっているので、一般的にはこの重なりは避けますといったアドバイスをいただいた。なるほど。私は、考えに考えた挙げ句、最終的に「夕方」を「午後四時」に推敲した。

「かみころせ、花火にはしゃぐカップルを」 インコに話しかけた午後四時

たったこれだけの推敲でも、情景の実存感が全然違う。

2010年9月24日。歌集「不義理なインコ」を電子書籍でリリースした。40首を収録した。

帯を付けた。電子書籍で帯を付けたのはおそらく私が世界初だと思う。推薦文も枡野さんに依頼して書いてもらった。

当時はKindleがなかったので自前のサーバーに置き、投げ銭か、モノとの交換という販売方法を試みた。全国からいろいろなモノが届いた。笑ってしまったのは四国に住む女性漫画家からの宅急便で、段ボールを開けるとミカンの下に彼女が出版したエロ漫画が敷き詰められてあった。「奥さまに見つからないように」というメモ書きを添えて。

好評だったので、程なくして第二歌集「不埒なインコ」をリリースした。

短歌の創作に没頭した一年間。三十一文字の宇宙と戯れ、格闘する日々だった。歌集を出すことで、これまで出会うことのなかったような人たちともたくさん知り合えた。短歌や枡野さんとは疎遠になっているが、あの一年間は今でも私にとって、掌中の珠として残っている。

いま、世の中は短歌ブームらしい。

ブームを横目に、歌人として費やした、13年前の私の時間を備忘録として綴ってみた。

※短歌集はGoogleドライブにて、無料で公開しております。ご笑覧いただければ幸いです。タカギタイキチロウは、上村朔之助の別名義です。

タカギタイキチロウ第一歌集「不義理なインコ」 https://drive.google.com/open?id=0B6Pw0hdMN-FKWE9zRDVLUy1tTHM

タカギタイキチロウ第二歌集「不埒なインコ」 https://drive.google.com/open?id=0B6Pw0hdMN-FKaFAwUmlLdnJvQzA

@tai
上村朔之助(うえむら さくのすけ)…1975年生まれ。兵庫県芦屋市出身。日本大学芸術学部中退。映像ディレクター、小鳥ものづくり集団「pico」、専業主夫などを経て、「ぴよぴよホームズ」を設立。小鳥物件の譲渡やイベントの開催、鳥グッズの販売などの事業を展開中。インコ歌人、詰将棋作家、ボウラーとしても活動。お問い合わせはXのアカウントまで。 @taikichiro