ボウリングと人生の選択の話

上村朔之助
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多くの人は、ボウリングのボールについて、4年前のわたしのように無知だろう。日常生活を送る上で必要とされない情報だ。しかし、ボウリングへの情熱を深めるわたしにとって、ボールの特性を学び、理解することは避けられない道である。あわよくばプロ試験も受けてみたい。ボールの選択は重大な決断を必要とする。だが、そこには避けられないジレンマが存在し、それがわたしを悩ませている。

現在、「ジェム・ガーネット」と「アテンション・スポット」という二つのボールのどちらを購入しようか検討中だ。両方ともプロボウラーが愛用するハイスペックなボールで、“Made in USA“という刻印がある。今どき、アメリカで作られた製品を買うことは珍しい。ボールメーカーの大部分がアメリカに集中しており、ボウリングはアメリカ文化を肌で感じられるスポーツである。ボウリングがアメリカ人の生活にどれほど深く根ざしているかを知りたい方には、カルト的人気を誇るコーエン兄弟の映画「ビッグ・リボウスキ」の鑑賞をおすすめする。

ボール選びは、コア(重心を決めるおもり)とカバーストック(表面の特性を決める素材)を参考にする。メーカー各社は、この二つの要素の組み合わせをもっとも効果的にするために、日々、研究開発にはげみ、ボールの個性を表現する。大きく曲がるボールなのか、ピンの手前で鋭く切れるボールなのか。ボールの大きさや重さは同じだが、開発者の設計次第でその挙動はまったく異なるものになる。プロボウラーの中には、大会時に10種類以上のボールを持ち込み、コンディションに応じて使い分ける者もいるぐらいだ。

2023年の、わたしの年間アベレージは185ピンまで上昇した。競技者のレベルとしては上級の入り口といったところか。この段階に達するとボールの「疲れ度」が高スコアの維持に大きく関わってくる、と個人的には感じている。もちろん技術も大切だが、疲れていないボールを投げていれば、ストライクになってたかなと感じる場面が増えてくるのだ。疲れきったボールは10本のピンを弾いてくれない。これを俗に「ピン飛びが悪くなった」という。

では、疲れていないボールとはどういうものか。まだゲーム数をこなしていない、新品に近いボールのことだ。ボールは使い始めた瞬間に劣化していく。表面のカバーが進化すればするほど消耗も早い。新しいボールでも、たったの50〜100ゲームを消化しただけで、もう使わないプロボウラーもいる。ボウリングのボールは鉄のフライパンのように大事に使って育てるものではなく、投げ続けて愛着が湧きはじめたころには、ボロボロのパンチドランカーと化す哀しい存在なのだ。

もしボウリングのボールが卓球やゴルフボールのように手頃な価格だったら、こんなに熱く語ることはなかっただろう。ボウリングのボールは、格安のネットショップで購入しても4〜6万円もする。わたしのような貧乏ボウラーにとって、おいそれと買える代物ではない。これまでに9つのボールを購入し、そのうち4つはロッカーに入りきらず泣く泣く手放した。いまは手元にいないボールたちを思い出すと、昔の恋人の記憶がフラッシュバックするかのように、せつなさと甘酸っぱさが心に混ざり合う。お金は惜しみなく投じたが、それぞれに特別な愛があった。この流れで、忘れがたい全国各地のロシアンパブを巡ったエピソードを書きたくなるが、それはまた別の機会に譲ろう。

冒頭、わたしは二つのボールで悩んでいて、ボール選択には重大なジレンマが存在すると書いた。ジレンマは、ボウリングのボールに「試し投げ」ができないという事実にある。これは、投げるために自分の指にぴったり合う専用の穴を、ドリラーと呼ばれる専門家に開けてもらう必要があるためだ。考えてもみてほしい。6万円の服を買うのに試着できませんと言われたら、「えっマジ?」とならないだろうか。自分にフィットするかどうかは、買ってからでないと分からない。まるで、ボールを購入するたびに「ピンの神様」に祈りを捧げる儀式のようだ。さまざまなプロボウラーが紹介動画で気になるボールを薦めてくるが、だからといってわたしにピッタリと合うボールかどうかは保証してくれない。

では、迷ったときにはどうするか。最後は見た目だ。好みのデザインや色合いで選ぶことにしている。スペックが同じくらいなら、気持ちよく投げられそうなボールのほうがストライクをもってこれるだろうという、ややスピな感覚をたよりにチョイスする。検討中の二つをくらべると、赤が映える「ジェム・ガーネット」の色合いに心がときめいている。こちらをお迎えしたいと心が傾いている。ガーネットとは幾日の蜜月を過ごせるだろうか。

人生の選択は、案外、ふわりとした感覚にそっと誘われるものだ。

@tai
1975年生まれ。兵庫県芦屋市出身。10代を神奈川県葉山町で過ごす。県立横浜緑ケ丘高校卒業、日本大学芸術学部放送学科中退。映像ディレクターなどを経て、現在は成城の有閑マダムと茶飲み話をするだけの簡単なお仕事をしています。Xにて、ぴよぴよホームズ代表取締役社長として活動中。 @taikichiro