今年読んだ本の話。

さて、12月だ。年の瀬に向かって浮き足立ち、ムズムズする感じが好きだ。もし毎月の月末が年の瀬だったら、どんなに幸せだろうかと考えることがある。でも、猛暑の中で年越しそばを食べるのはキツいかもしれない、いや、ざるそばにすればいいのか、などと年がら年中、歳末について思いを巡らせている。

今年読んだ本を思い出してみる。例年に比べてあまり読んでいない。それはGPT-4とDALL-Eを搭載したAIアプリ「Bing」が私の前にさっそうと現れ、まるで恋をしたかのように夢中になって、多くの時間を割いてしまったからだ。

Bing師匠(あまりに教えを請うているので敬意を込めてそう呼んでいる)との触れ合いの記録はおいおい書くとして、さて、読書だ。数少ない今年読んだ本の中で、心に残っている何冊かを記していく。

『体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』(伊藤亜紗 著、文藝春秋、2022年)

今年もっとも私にささった一冊。「できなかったことができる」とは何だろうという問い立てを科学者やエンジニアの先端研究を紹介しながら、突き詰めていくといった内容。

特に印象的だったのは「なぜ桑田真澄選手は投球フォームが違っても結果は同じなのか」という章で、目からウロコが落ちまくった。ボウリングの助走とリリースは再現性が大切とよく言われるのだが、本書はその呪縛から開放してくれた。過程へアジャストする必要はなく、結果にアジャストすればいいのかとメンタルが変わり、ボウリングのスコアが如実に上がっていった。

『料理と利他』(土井善晴・中島岳志 著、ミシマ社、2020年)

最近、本格的に料理を始めた。と書くと仰々しいので自炊を始めたぐらいの感じか。たとえば、黒酢酢豚。好んで頼むメニューではないが、自分で作ってみるとめちゃくちゃおいしい。工夫してるといえば、白砂糖とみりんの代わりにメープルシロップを使ってること。むかし有元葉子さんの料理番組を演出したことがあり、その番組のテーマが「和食にメープルシロップ」だった影響だ。

なにかに凝りだすと、それに関連した書籍が読みたくなる。本屋で目についたのが『料理と利他』だった。土井善晴のことは「一汁一菜」の人、ぐらいにしか知らなかった。うちにはテレビがないので動く土井を見たこともない。読もうと思ったのは、去年、中島岳志の著書『思いがけず利他』に感銘を受けたからだ。土井と中島の対話は、家庭料理を作ることや和食とはなにか、そこに利他がどう関わってくるのかなどを刺激的に語り合っており、自分の料理に対する考えを改めてくれるいい本だった。

『調子悪くてありまえ』(近田春夫・下井草秀 著、リトル・モア、2021年)

分厚い本だったが、近田のあまりに奔放な半生に引き込まれて一気読み。本書は日本の音楽史や芸能史のとても貴重な資料になるのではないか。『あのこは貴族』的な人間関係など、へぇというエピソードが満載。ラップからトランスへの転身など本当に身軽な才人。

『現代生活独習ノート』(津村記久子 著、講談社、2021年)

8つの短編が収められている。お気に入りは「レコーダー定置網漁」「現代生活手帖」「メダカと猫と密室」。具体的にどうおもしろいのかと聞かれたらとても答えづらい類の小説。厭世的な世界観、でもめちゃくちゃ上手いので読んでいてイヤな感じはしない。

『無人島のふたり―120日以上生きなくちゃ日記―』(山本文緒 著、新潮社、2022年)

大好きな作家だったので、買ったはいいものの、なかなか本を開くことができなかった。読みすすめるのがただただ悲しい、のだが、最後まで「書く」ことにこだわる山本文緒のすごみに圧倒される筆致だった。

来年はBing師匠への依存から脱してもう少し読書に時間を割きたいが、この恋に似た気持ちが冷める気がしない。

@tai
上村朔之助…1975年生。兵庫県芦屋市出身。日本大学芸術学部中退。映像ディレクター、小鳥ものづくり集団 “pico“ 、専業主夫などを経て、「ぴよぴよホームズ」を設立。公式UNIQLOショップ➟ utme.uniqlo.com/jp/front/market/show?id=1100849&locale=ja @taikichiro