「只今エアコンが故障しております」とデニーズの入口に貼り紙があった。店内に入ると、業者から借りてきた石油ファンヒーターが置かれていた。年季の入ったヒーターは、ファミレスには不釣り合いな光景だった。でも、それがかえって常連のわたしにとっては、風情があって愉快だった。
朝九時すぎにデニーズに着くのが日課だが、そのときには石油ファンヒーターの暖かさがホール内にゆき届いておらず、さして外と変わらぬ寒さだった。ジャンパーを着たまま、モーニングのトーストとホットコーヒーを注文した。それで体をかろうじて温めた。窓の外では雪が舞い散り、タイヤにチェーンを巻いたトラックの音が聞こえた。
ここは誰もがくつろげるデニーズの店内なのに、吐く息が白くなっていた。常連の人たちには、この寒さを乗り切ろうとする団結心が生まれていた。まるで我慢大会のようだった。
30分もたたないうちに絵と俳句が得意なじいさんが会計を済ませて帰っていった。最初の脱落者だった。でも仕方がない。年寄りには、今日のデニーズはあまりに寒すぎた。残念そうな顔をしていたが、今日くらいは、奥さんと家で暖かく過ごすのがいいだろう。
常連の癖で、店長気分でホールを見渡した。常連以外の客はほとんどいなかった。今日の売り上げは散々だろう。いたたまれなくなったわたしは、いつものモーニングのトーストセット495円のほかに、単品でスープも注文した。わたしの体も温まったし、デニーズの懐もちょっとぐらいは温まったはずだ。 震えながらスープを運ぶ店員に、Win-Winですねと声をかけそうになった。
雪がどんどん降ってきたので、他の店に浮気するのも面倒だった。結局、寒さに耐えながら、デニーズに5時間ほど滞在して会計をした。カーディガンを羽織った店員の姿も珍しかった。わたしのデニーズ史に残る珍事な一日だった。