#001
好きな響きの言葉がある。たとえば「横恋慕」。これまで口に出したことはほとんどない。けれども、心の中でときどき呟いている。よこれんぼ。最後の音節が濁音でキリッとしているのが好きだ。これが「よこれんほ」だったら、途端にふにゃっとしてしまうから不思議だ。濁音の存在感の大きさを感じる。
「十把一絡げ(じっぱひとからげ)」も好きだ。濁音で始まり濁音で終わる安定感。前半に現れる半濁音の「ぱ」が、この言葉に華やかな印象を与えているのもポイントが高い。ネガティブに使われることが多い単語であるのに、この祝祭感たるや。濁音・半濁音を消してみる。「しっはひとからけ」。もはや、言葉の体をなしていない。
濁音があればよいというわけでもない。「憤懣(ふんまん)やる方なし」も好きだ。強い言葉なので、濁音がないと成り立たないように見えるけれども、奇跡的なバランスで響きと意味が調和している。濁音にたよらずとも、音の響きだけで憤りを表せる横綱クラスの単語だろう。
#002
“【速報】再開1時間、早くも戦いに突入 おやつはケーキ“ 数年前の朝日新聞のツイートである。これは何のニュースなのだろうか?
わたしは答えを知っているけれど、わからない人になったつもりで考えてみる。なんの戦いなのだろう。「再開」ということは、なにかの事情で中断していたのだろう。乱入者が現れたのだろうか。サッカーの試合でたまにあることだ。それとも急に雨が降り出した可能性もある。
問題は「おやつはケーキ」だ。【速報】という大見出しの下、戦いが始まったばかりで、緊張感が高まる中、「おやつはケーキ」。突然の悠長な一言に戸惑う人も多いだろう。
「【速報】再開1時間、早くも戦いに突入 おやつはケーキ←これは何のニュースの見出しですか?」Bing AIに尋ねてみた。
Bing AIはChatGPT-4を使って、国会の予算委員会だと教えてくれた。国会におやつの時間なんてあるのか。
答えは「将棋の対局」である。解説すると、将棋のタイトル戦は朝9時から10時間ほど対局している。対局者が2時間以上も長考して駒が一つも動かないこともよくある。だから、昼食やおやつに何を食べたか、ぐらいしか話題がないのだ。朝日新聞の速報におやつの情報を盛り込んでいるのは、そういった事情が含まれている。
しかし「おやつはケーキ」は雑すぎる速報だと感じる。具体性に欠けている。イチゴのショートケーキなのか、モンブランなのか、それともガトーショコラなのか。わたしはiPhoneに保存した朝日新聞のスクショとモヤモヤした気持ちを胸に抱え、今日もデニーズで暇をつぶしている。