「いい塩梅の映像」の話。

家にはテレビがない。18年間暮らした前のマンションも、昨年引っ越した現在のアパートにも置いていない。 リビングにテレビを設置すると、レイアウトがテレビ中心となり、他の家具がそれに左右される。ソファーがその典型である。不自由さを感じた。そして、テレビがなくとも意外と不便さは感じなかった。気になるドラマを逃すこともあったが、今ではテレビがなくとも、Tverやネトフリなどでほとんどの番組が視聴可能だ。

この手のことを書くと「テレビ見てない自慢」と揶揄されるのが常であったが、ここ最近はテレビを置かない家も増え、特別なことではなくなった。今年中学に入学した息子は、生まれてからテレビのない生活をしている。彼と友達の会話では、テレビの話題は一切出ない。YouTubeやTikTokが話題の中心となっている。

代わりに、小型のプロジェクターを置いている。我が家には床の間があり、その壁全面に映像を投影すると、なかなかの迫力がある。ミニシアター気分を味わいながら映画やドラマを楽しんでいる。プロジェクターを使わない時は、何も飾られていない真っ白な壁の床の間が、シンプルながらも風情を感じさせ、部屋を広く見せる効果をもたらしている。

そんな我が家の映像空間で、ただ一つ悩んでいることがある。それは、「いい塩梅の映像」が見つからないことだ。「いい塩梅の映像」とは、集中して見るわけでもなく、日常の背景に溶け込む映像のことだ。学生時代、なんとなく点けていた「笑っていいとも!」や「ごきげんよう」のような番組が、それに当たる。あれは、まさにいい塩梅だった。

と、ここまで書いて自分はテレビっ子だったことを思い出す。金曜日の新日本プロレスの中継で、アントニオ猪木や長州力に夢中になっていたし、「妖怪人間ベム」や「バビル二世」などのアニメを毎週楽しみにしていた。今でも影響を受けているのは、ドラマ「うちの子にかぎって…」や「夕やけニャンニャン」である。「うちの子にかぎって…」の小学校に転校したかったし、とんねるずの登場は衝撃的だった。関西で生まれ育ったが、ダウンタウンよりも明らかにとんねるずチルドレンである。いまの私の形作っているのは、テレビの影響が大きい。

閑話休題。

いい塩梅の映像を探すのが難しいのは、例えばネトフリやアマプラ、U-NEXTにあるドラマシリーズがどれも味濃いめ、脂多めで、流し見には向かないからだ。ネトフリにあるドキュメンタリーは、連続殺人やカルト宗教など重いテーマが多い。私はギターの弾き語りの練習をしているときなどに流れていても邪魔にならない、いい塩梅の映像を求めているのだ。長時間流せて、自動的に次のエピソードに移るシリーズものが望ましいが、「ゲーム・オブ・スローンズ」や「ベター・コール・ソウル」のような強烈な絵面やストーリーは避けたい。

このような葛藤を何ヶ月も続けた先日、ネトフリにアニメ「美味しんぼ」があることを発見した。試しに流してみると、まさにこれだった。探し求めていた「いい塩梅の映像」に出会えたのだ。素朴な絵柄やちょっとした食のウンチク、美味しくなさそうな料理のシーン、富井副部長の甲高い声、いつも同じ着物の海原雄山、数えだしたらきりがないが、すべてがいい塩梅なのだ。1988年に放送開始されたということで、36年前の作品である。この時代のアニメは、うす味だが出汁が効いている京都のうどんのように感じる。食がテーマなので、内容が古びれていないのもいい。

「美味しんぼ」を流しながら作業をしていると、たまに「まだ視聴していますか?」というアラートが出る。機械に私の目的を見透かされているようで、少し申し訳ない気持ちになりながら「続ける」をクリックする。

部屋の掃除、炊事、洗濯。日常のささいな時間に少し賑わいがほしいと感じたら、アニメ「美味しんぼ」という選択を思い出していただけたら、これに勝る喜びはない。

@tai
上村朔之助(うえむら さくのすけ)…1975年生まれ。兵庫県芦屋市出身。日本大学芸術学部中退。映像ディレクター、小鳥ものづくり集団「pico」、専業主夫などを経て、「ぴよぴよホームズ」を設立。小鳥物件の譲渡やイベントの開催、鳥グッズの販売などの事業を展開中。インコ歌人、詰将棋作家、ボウラーとしても活動。お問い合わせはXのアカウントまで。 @taikichiro