AI画像とナラティブについてちょこっと考えた話。

上村朔之助
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「AIクリエーターが『これはすごい!』とAI画像を発表しても鑑賞者からの反応が薄いのは、AI画像にはナラティブがないからだ」といった内容のツイートを目にした。なるほどと感じた。

AIが生成する画像は目を見張るものかもしれないが、作者の意図や背景、感情やメッセージなどのメタデータが含まれていないからだ、ということなのだろう。わたしもこの一年間、無数の画像を生成してきたが、ほかの人のAI画像には、ごく一部のものを除いて、関心が持てないのもそのことが理由のひとつだと思う。

わたしはX(Twitter)で「#机上の紳士淑女録」という一連の作品を日々発表している。そこではAIで生成された画像にどんな言葉を添えるとナラティブ(=物語)が生まれるか、という実験をしている。

映画俳優にどんな役柄を与えるかというのと似ているが、大きな違いはAIがこちらの意図に沿わない、あるいは意図を超えた、そして初めて出会う人物を生成するということである。その人物にどんなプロフィールを与えると、命を吹き込むことができるのか。そこがわたしの腕の見せどころであり、AIと人間(=わたし)とのマリアージュが美味しくなるか否か、緊張感をはらんだ時間である。

たとえばこの女性。詳細は覚えていないが、

【お札を持った女性の老人の肩にオカメインコが止まっている。背景にジョン・レノンの写真】

というようなプロンプトでAIに生成させた画像のひとつだ。この画像だけでもインパクトはあるが、それだけではこの女性の背後にあるナラティブは感じられない。そこでわたしは彼女にこのようなキャプションをつけてみた。

琴台洋子…国家や宗教や所有欲による対立や憎悪や格差を無意味だとし皆がユートピアを想像すれば世界は変革できると考えた琴台は、贋札を製造し資本主義経済を混乱させようとしたが、流通の一歩手前で公安警察によって摘発された。インコ好き。

彼女の人生が突如目の前に広がる感覚にならないだろうか。見た目は上品な淑女に見えるが、内には革新的な思想を秘める琴台の波乱に満ちた人生へと、思索が巡らされることになる。ジョン・レノンのポートレートにも重みを感じるようになる。このように、AIが生成してくる人物たちに命を吹き込み、ナラティブが生まれる瞬間が楽しくて毎日飽きずに続けている。

手の内を明かすのは野暮かもしれないが、「AI画像とナラティブ」「AI画像と言葉」というテーマは、日々AIと戯れている人間としては無視できない問題であるから、ここで少しだけ言及してみた。

ちなみにわたしはAIによる音楽プロジェクトにも取り組んでいる。1970年代にデビューしたニューウェーブシンガー・Bond TAKANASHIという設定で、すべてをAIで生成した。まだ注目を集めていない。しかし、AI黎明期の習作として、そっとネットに片隅に置いている。わたしの中ではBond TAKANASHIもまた実際の人物として心の中に存在している。

試行錯誤しながらAIと向き合ってきた一年間。これまでにない驚きと不思議な感覚を味わえただけでも収穫があった。

Little Bird Amusement Park - Bond TAKANASHI (1980 Demo Tape)

この曲は歌詞を入力すると、AIがわずか30秒で生成したものだ。音楽の分野も面白いことになっている。「小鳥遊パーク」の思い出がモチーフになっていて、個人的にはとても気に入っている。短い曲なのでぜひご視聴いただきたい。

@tai
1975年生まれ。兵庫県芦屋市出身。10代を神奈川県葉山町で過ごす。県立横浜緑ケ丘高校卒業、日本大学芸術学部放送学科中退。映像ディレクターなどを経て、現在は成城の有閑マダムと茶飲み話をするだけの簡単なお仕事をしています。Xにて、ぴよぴよホームズ代表取締役社長として活動中。 @taikichiro