思考のスケッチ #005

ぴよぴよホームズ
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公開:2024/1/23

離婚すると、戸籍をどうするかという問題が、容赦なく立ちはだかる。戸籍の選び方は大きく分けて三つある。

ひとつめは、婚姻前の戸籍に戻るという選択だ。ふたつめは、旧姓に戻ったうえで、新たに戸籍を作るという選択。みっつめは、旧姓に戻さずに、婚姻時の姓をそのまま使い、新たに戸籍を作るという選択。

みっつめの方法は、名義変更の手間がない、会社などで呼び名が変わらないなど、メリットが多いように思える。だが、そこには思いもよらぬ落とし穴が仕掛けられている。

どんな穴か。

上村朔之助が、山田花子さんと結婚したとする。ふたりは山田姓を選択。わたしは山田朔之助となる。だが、ふたりは離婚することになった。

妻・山田花子が戸籍筆頭者だったため、わたしは新しい戸籍を作ることになる。わたしは「山田」をそのまま名乗ることにした。そこで、新しい「山田朔之助」の戸籍が、あらたに作られることになる。

問題はここからだ。たとえば、山田朔之助が鈴木和子さんと再婚するとする。二人が山田姓を選べば、鈴木和子さんは、前妻と同じ姓、「山田和子」となる。

こうして、前妻とはまったく縁のない「はぐれ山田」が生まれることになる。ここでだ。仮にふたりが離婚して、山田和子さんが「山田」の姓を選択して新たな戸籍をつくったとする。やがて、彼女の子供たちも「はぐれ山田」の一員となり、代を重ねるにつれ、その数は指数関数的に増えていく。

“山田”のルーツを知らぬ子々孫々が──ある日、お墓を掃除し、花を手向けるようになるのだ。

「姓」は、するすると人のあわいを移動し、簡単にその“出自”と断絶する——この奇妙な事実にどれだけの人が気がついているだろうか。

結婚して、わたしは妻の姓を選ぶことになった。「気分転換になったよ」と、軽口を叩いていた。だが、その姓を使い続けるうちに──日本の戸籍制度の奇妙さに、正面からぶつかった。

女性にとっては、当たり前の話かもしれない。そこで、先日、女友達に聞いてみた。

「はぐれ山田ってなに?」と聞かれた。

わたしは、「……レベル上げで出てくる、逃げ足の早い存在だよ」と答えた。すると彼女は笑って言った。「それ、うちの元旦那にそっくり」

@tai
上村朔之介(うえむら さくのすけ)…1975年生まれ。兵庫県芦屋市出身。日本大学芸術学部中退。映像ディレクター、小鳥ものづくり集団「pico」、専業主夫などを経て、「ぴよぴよホームズ」を設立。小鳥物件の譲渡のほか、ぴよぴよレコード、ぴよぴよ喫茶店、ぴよぴよ洋服店などの事業を展開中。インコ歌人、詰将棋作家、ボウラーとしても活動中。X→ @taikichiro