#005
離婚すると、どのような戸籍にするかという問題が生じる。戸籍を作る方法は大きく分けて三つある。ひとつめは婚姻前の戸籍に戻る方法。ふたつめは旧姓に戻り、新しく戸籍を作る方法。みっつめは婚姻時の姓を名乗り続けて、新しく戸籍を作る方法だ。この最後の方法は、一見すると便利そうに見えるが、実は奇妙な結果を招くおそれがある。
具体的な例を挙げてみる。わたし、上村朔之助が、山田花子さんと結婚したとする。ふたりは山田姓を選んだので、わたしは山田朔之助と名乗るようになる。しかし、数年後に離婚することになった。妻の山田花子が戸籍筆頭者だったので、わたしは新しい戸籍を作らなければならない。そこで、婚姻時の姓である「山田」を名乗り続けることにすると、新しい「山田朔之助」の戸籍が作成されることになる。
問題は、山田朔之助が仮に、鈴木和子さんと再婚する場合だ。二人が山田姓を選ぶと、鈴木和子さんは前妻と同じ姓になる。これは、前妻との血縁関係がない「はぐれ山田」を生み出してしまう。もし、ふたりが離婚しても、山田和子さんは婚姻時の姓を維持して、新しい戸籍を作ることができる。そうすると、彼女の子孫も「はぐれ山田」の一員となり、その数は増殖し、やがては、まったくルーツの分からない「山田家」の墓が作られる事態になるだろう。
姓の同一性は簡単に変えることができてしまうという、奇妙な事実について考えてみた。わたしは結婚して妻の姓になった。それは、新鮮な気分になったという程度のことだったのだが、妻の姓を使い続けると、戸籍制度の不合理さに気づくことになったのだ。結婚を考える、もしくは既婚の女性たちには当たり前の話かもしれないけれど。