地域のパン屋のつくりかた、育て方

taichimanabe
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とある九州の温泉地で「かまパン」のようなパン屋をやりたいと相談をもらった。色々と悩んだ結果、引き受けることになった。その経緯や理由を少し書いてみたいと思う。

きっかけ

現在、各地の温泉旅館では料理人の確保が難しくなっており、「泊食分離」を推奨または模索しはじめているそうだ。温泉宿に泊まり、食事はまちの飲食店で済ませるというような流れだ。

飲食店がそれなりにあるような温泉街はそれで良いのだろうが、今回、話をもらった比較的有名な温泉街では、居酒屋が1軒くらい(地元でも人気)しかないらしい。それならいくつかの飲食店が集まった場所をつくってしまおう!と一念発起し、建物をいくつか先に建てしまった破天荒な地元の人からの相談だった。

さあ中身をどうしようとなり、東京と福岡を行き来している敏腕編集者の方が、見るに見かねて彼らを神山の私たちの活動を視察に来てくれたり、地元で色々と話し合いを重ねくれて今回のプロジェクトのキックオフに至ったのである。

もちろん、きちんと立ち上げのプロデュース費用などもいただける話でもあるのだが、最終的にやれると思った理由は3つある。

理由1:ものづくりのハブとなる可能性

その編集者の方が、かまパンのようなお店を軸に、地域に30軒ほどある温泉宿に朝ごはん用のパンとコーヒー豆を卸すのはどうかと言ってくれた。実際に泊まった時の部屋のコーヒーは粉状のスティックだったし、朝食のコーヒーも大手のものと想像すると温泉オリジナルブレンドとトーストの組み合わせや、お土産用のドリップバックなんかはあると良いと思った。

またお土産物も県外で製造されている箱菓子が主(以前いただいたものは、となりの香川県で製造されていた)なので、みんなで売るお土産物も開発、製造していきたい。また、新しく誘致しようとしている飲食店の地域でのあり方みたいなものを、このパン屋を軸に話し合っていきたいというような想いが彼にはあった。

なので1つ目の理由としては、地域(しかも観光地)での地元の巻き込みなどそんな簡単な話ではないことはお互いに百も承知だが、地に足のついた構想だし、それなら私たちがやれることもあるなぁと思ったからだ。

理由2:シロウトでもつくれるパン屋

今回のプロジェクトは、かまパンの製造責任者の笹川大輔が「やってみたい」と言ったことが大きい。私は、農業も料理もできないし、パンも焼けない。

彼から数年前の土井善晴さんと糸井重里さんの対談の記事のリンクが送られてきた。

土井さんは対談の中でこう話していた。

わたしね、けっこうあちこちでお店をオープンさせているんです。それはとにかく「しろうとを集めて、新しいお店を作る」ということをやってるんですね。

大輔が、これと同じ「しろうとを集めて、新しいパン屋をつくる」というのをやったらいいと思うんですと言ったのだ。

一方、彼のキャリアは、職人一筋だ。父親も紀伊国屋の元祖パン職人。農業高校に進み製パン技術を学ぶ。その後、スーパーや有名なパン職人の元で修行を積み、自身の店の開業も考えたが7年前に家族で神山にやってきた。

かまパン設立当初は、自称パン職人の子とのチームづくりにかなり苦労していたように思うが、現在は、ほぼ素人から彼が育て上げた3人のパンのつくり手たちと一緒に「かまパン&ストア」を切り盛りしている。

ふたつ目の理由としては、修行を積んだ職人を前提としない「シロウトによるパン屋」のあり方を彼が神山で見出しつつ、他の地域でのその可能性にチャレンジできるからだ。

理由3:パン屋で地方創生

フードハブを「ほかの地域でやらないんですか?」とよく聞かれる。「やりたい人がいたら」みたいな曖昧な答えをこれまでしていたが、「かまパン」というパン屋から戦略的にフードハブをはじめるやり方は、あるかもしれないと共同経営者の白桃薫と話していた。私たちにとっても新たな挑戦だが、やれるかもと思う要因をいくつか書いてみたい。

  1. ターゲットの幅広さ

    パンは、「老若男女」の食べ物だ。日々、かまパンを訪れ、パンを買うことが生活の一部になっている地元の人もいる。良くも悪くも人の「習慣」が社会をつくると言うが、地域を自分たちの力で、より良くしていこうという習慣をパン屋を通じて幅広い層の人たちに伝えていくことが可能ではないかと考えている

  2. 田舎への集客装置

    県外から美味しいと聞きつけて、わざわざ何時間もかけて買いに来てくれる人が後を絶たない。今回は、日常的な地元の需要も取り込み、観光地である立地を活かし外部からの売上も確保する。パン屋の商圏はとても広く、美味しいパンは地域への集客装置としても機能する

  3. 地域の食材をつかう

    パンも料理と同様、地域の食材を多様に使える可能性を秘めている。フードハブでは、自社で栽培する在来の小麦から、地元の牛乳やパンに練り込む多様な食材(ヨモギ、ビーツ、サツマイモ、加工品のベーコンなど)を使うことが可能だ。多様な食材を使えるということは、多様なつくり手を日常的に巻き込むことが可能ということに他ならない

  4. 多層な売上構成

    かまパン&ストアは、設立当初から約110〜115%の右肩上がりの成長を続けている。店頭での地道な売上増に加え、地元の学食などへの卸、都心の小売店に向けた卸、自社ECなど販売チャネルを増やし続けている。パンは、飲食と違い不利な立地でも場所にとらわれない売上のつくり方ができることがここ数年でわかってきている

  5. 新たな名物が生まれでてくる

    新たな地元の名物などをつくる場合、それを生み出すことを目的に活動するのではなく、パン屋のように毎日つくり続ける場所、関係性を育て続けられる活動があれば、文化が育まれ、今ある名物は継承され、新たな名物は生まれでてくる

  6. 仲間がいること

    個人で飲食店やパン屋を経営するとお店を回す(稼ぐ)ことで一杯一杯になり地域活動や社会課題への取り組みなどはどうしても表層的になってしまう。これを神山のパンチームと有機的につながりながら、人の育成や商品開発などのノウハウを各地で循環させていくことで一緒に働くメンバーを社会や地域とつながり、開かれた状態を保つことが可能になる。そこから、働き続ける意味や意義をつくり手みずからが見出していくことが可能になる。

以上の、①ものづくりのハブとなる可能性 ②シロウトでもつくれるパン屋 ③パン屋で地方創生の3つが今回のチャレンジに踏み切ったフードハブとしての経緯だが夏のオープンに向けた明日からのコアメンバーでの合宿を控え、前途多難な幕開けとなるのは、チームの周知の事実なのである(笑)。