願い事

takato
·
公開:2026/3/7

 出勤したら、職場のひとがみんな私と同じ服を着ていた。

 何言ってるのかわからないだろうけど、私も何が起こったのかわからなかった。

 それは休み明け最初の日、つまり月曜日の朝のことだ。

 寝坊した私は慌ててボーダーTシャツとチノパンを身に着け、車の中で信号待ちのたびに、髪を梳かし、日焼け止めを塗り、眉毛だけはなんとか描いて、始業時間ジャストで職場に飛び込んだ。

「おはようございまっす!」

 勢いのまま大きな声で挨拶すると、

「もっと早く来いと言ってるだろう!」と係長に叱られる。

「すみません!」と言いかけた私の口から、声は出なかった。

 係長が、ボーダーTシャツとチノパンを着ていたからだ。

 それだけではない。他の社員も、誰も彼も全員がボーダーTシャツとチノパンを着ていた。

 私と、同じ服。

 そしてそれを誰もおかしいと思っていないようだった。

 

 翌日、恐る恐る出勤すると、今度はみんなが私と同じマグを使っていた。猫のイラストのかわいいやつだ。

 怒りっぽい係長も、嫌味なことを言う先輩も、不愛想な後輩も。

 水曜日は、みんなが私と同じ車種、同じ色の車で出勤してきた。

 木曜日になると、みんなが私と同じような喋り方をするようになっていた。

 そして金曜日、出勤すると、

「「「おはようございまっす!」」」

 私を見て挨拶した社員たちは、みんな私だった。

 

 私は回れ右をして会社から飛び出すと、車に乗って隣町の神社に向かった。

 先週の土曜日、ドライブがてら寄ってお参りをしたところだ。

 駐車場に車を停め、鳥居をくぐって石段を上る。

「絶対アレだ、アレのせいだ」

 こんなおかしなことがなんで起こったか。ひとつだけ心当たりがあった。

 石段を上り切るとすっかり息が上がっていたが、私はそのままお社に駆け寄る。

 勢い余ってぶつかったお賽銭箱に、お財布から取り出した一万円札を投げ込み、鈴を鳴らす。

「神様! 職場のひとが全員、私になったの、神様のせいでしょ!」

 

 しばらくの沈黙の後、まだ幼い子どものような、それでいて威厳のある声が聞こえた。

「お前が願ったのだろう……」

 しごく不満そうだった。

「お前が、『職場がもう少し居心地よくなりますように』と願ったのだ」

「あの、あのですねぇ、あれじゃ居心地よくなんてなりませんよ」

「……なんでだ。みんな同じ人格なら、揉めたりしないだろう」

「揉めます!」

 私は言い切った。

「同族嫌悪って言葉があるくらいです。人間、同じ人格だから問題が起こらないなんてありえません」

 あと、すごく気持ち悪いんです、あれ。

「願い事は撤回します。どうか元に戻してください」

 私は深々とお辞儀をした。

 神様はぶつぶつ文句を言っていたが、最後には了承してくれた。

  

 翌週、会社に行くと職場は元に戻っていた。心底ほっとした。

 神様って、ああいうところがあるから困る。人間のことがよくわかっていないのだ。

 それにしても、あの神社はここらへんでは一番立派ではあるけど、とりわけよく願い事を叶えてくれると聞いたことはなかった。

 それがなんで私の願いを叶えてくれたんだろう。

 たぶん、私が神様に気に入られたのだろう。でもその理由もわからない。

 まあ、神様なんてそういうものだ。人間には理解できないのが神様だ。

 

「本当に叶うなら、もっと別のことをお願いしたのにな。優しくて金持ちのイケメンと結婚できますように、とか……」

 お昼休み、会社近くの公園でお弁当を食べていたら、思わず欲深い言葉が口から零れ出た。

 いや、たぶんそれも、とんでもない結果になるだろう。願わなくてよかった。

 そう考え直した。

 の、だが。

「そうか」

 背後から、幼いのに厳かな不思議な声がした。聞き覚えのある声。

「優しくて金持ちでイケメンか」

 え、ちょっと待って。噓でしょ。

「まさに私のことだな」

 私の動揺に気づかないのか、声はうれしげだった。

「その願い、叶えてやろう」