怪談

takato
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 人間が着ぐるみのようなものを身につけて生活するようになり、そろそろ四半世紀になる。

 それを着ると、美男美女は当然のこと、好みの姿になれるうえに、肉体の能力を補強してくれるのだ。

 見た目は何の不自然さもなく人間の姿に見えるのだから、着ぐるみというより全身タイツだろうか。

 正式名称はなんだかやけに長ったらしくて憶えてない。みんな”ガワ”と呼んでいる。

 最初は医療器具として開発されたらしいが、今では人間は、大人になるとみんなその ”ガワ” を誂えて、人前ではそれを身につけて一生を過ごす。

 そしてわれわれ狸も、やっぱり”ガワ”を身につけて暮らしている。

 昔の狸は人間に化けるのがうまくて、自前の化け術だけで人間社会に紛れて生きていけたそうだが、われわれ世代にそんなことは無理だ。

 化け術はすっかり衰退してしまった。

 今のわれわれにできるのは、人間っぽい形になることだけ。

 さすがに狸の姿のまま ”ガワ” を着ることはできないから、みんな人間に似た形になって ”ガワ” を着るのだ。

 ”ガワ” さえ着れば、われわれも問題なく人間として生きていけるので、それで十分なのだ。

 それが最近、”ガワ” を身につけない人間っぽい姿のまま、人前に出る狸が増えてきた。

 みんな若者だ。

 特に夜中、人間が一人だけのときに出て驚かせるのが流行っている。

 人間社会は「お化けが出た」「幽霊が現れる」と大騒ぎだ。もちろん、お化けに似せて作った ”ガワ” を着た人間に違いないという人もいるけど。

 狸の長老たちはカンカンに怒っているが、若者たちには馬耳東風ならぬ狸耳東風。

 中年狸の私はといえば、若者たちをいさめる気はない。

 地球と違って、この月に建てられた都市はあまりに歴史が浅くて人工的だから、怪談のひとつやふたつ、そろそろ生まれた方がいいと思うのだ。

 人間たちだって、怪談が生まれたことを楽しんでいるにちがいない。