学校帰り、川岸を歩いていたら、遠くの空に天使のはしごが見えた。
雲の切れ間から日の光が漏れて、光線が地上へ降り注いでいる様子が、天と地を繋ぐ光のはしごに見える。
それを「天使のはしご」というのだと教えてくれたのは、先々月亡くなった祖母だった。
「まれに、本物の『天使のはしご』のこともあるんだよ。本当に天使さまが降りてくることもあるの」とも言っていた。
あんまりきれいだったのと、祖母のことを思い出したせいで足を止めた。
しばらく眺めていると、何かが本当にそのはしごを降りてきた。
人の形をした光。
あ、この「天使のはしご」は本物だった。
驚いてその場を動けずにいると、光はどんどん私に近づいてきて、気付けばもう目の前に立っていた。
まぶしくて手をかざすと、その光は、
「あ、光量を落としますね」と言った。
すぐに光は弱まり、目の前には感じのいい長い髪の中性的なひとがいた。布と紐を巻き付けただけのような、実は凝っているような不思議な服を着ている。
あまりに驚きすぎて硬直したような頭の片隅で、天使って本物は翼もないし、美形ってわけでもないんだな、などと思っていると、その天使は、
「おばあ様から伝言があります」と言った。
亡くなった祖母からの伝言?
はっと胸をつかれた気がした。
私は祖母にとって最初の孫で、とてもかわいがってもらった。何か私に特別に言いたいことがあったのだろうか。
無意識に制服の胸のあたりをぎゅっと握り、「はい」と答える。
天使は言った。
「『お供えは白米じゃなくてお酒にしてほしい。大吟醸とは言わないから』だそうです」
それを聞いたときの私は、たぶん相当おかしな顔になっていたと思う。
「え……それ? わざわざ天使さまに頼んだ伝言がそれ……? もっと他になかったの、おばあちゃん! おばあちゃんは三度のご飯よりお酒が好きだったのに、お酒をお供えしなくてもいいのかなーとはちょっと思ってたけど! けど!!」
嘆く私に、天使は微笑んだ。
「それくらいしか伝えることがない、心残りのない生涯だったということではないでしょうか」
私はぽかんとして天使を見つめた。
それからちょっと考えた。
もしかしたらけっこう時間が経っていたかもしれないけど、そのあいだ、天使は、天使さまは、にこにこと微笑んでいるだけで何も言わなかった。
私は結局、
「祖母に、『了解。たまには大吟醸もお供えするよ』って伝えてください」とだけ言って、天使さまに頭を下げた。
天使さまは、
「はい、お伝えします」と言って、またはしごを登り、雲の向こうに帰って行った。