今の家に越してきてすぐの頃、近所に野良のキャリーカートがいることに気づいた。
親に相談したら、ひとつくらいキャリーカートがあってもいいねと言ってもらえたので、我が家にその子を迎えることにした。
ネットで調べたところ、野良キャリーカートを捕まえるには、荷物を重そうに持ち、「あー重いなー、大変だなー、キャリーカートがあると楽なのになー」とか言うだけでいいらしい。それでたいていの場合、自分から寄ってくるのだそうだ。
キャリーカートってずいぶんとひとがいいんだなと思う。いや、キャリーカートなんだから「ひとがいい」はおかしいか。でも、「キャリーカートがいい」もおかしいし。
何はともあれ、簡単だからすぐにでもやってみようと、学校帰りに私は野良キャリーカートのそばで、「あー鞄が重いよー、大変だー、キャリーカートがいてくれたらいいのになー」と言ってみた。
野良キャリーカートは、来なかった。
ネットの情報は当てにならないということか、あのキャリーカートがそんなにおひとよしじゃないということか。
何度か試してみたけど、一度もキャリーカートは寄ってこなくて、結局、私は縁がなかったものとして諦めることにしたのだった。
それからだいぶ経って、今から三ヶ月くらい前になるけど、その日、私は母親に頼まれて図書館に本を返しに行く途中だった。
分厚くて重い本が多くて、思わず愚痴が出ちゃったんだよね。
「あー重いよー。本ってなんでこんなに重いの?」って。
そしたら、あの野良キャリーカートが出てきた。そして「ほら、私に本を乗せなさい」って仕草をする。
私は恐る恐る、本の入ったバッグを乗せた。
「これ、図書館に返したいの」
そう言うとキャリーカートはずんずんと道を進み、図書館まで本を運んでくれた。
「うちのお母さん本好きだから、うちに来たら本を運べるよ」
そう言ってみたら、野良キャリーカートは素直に私の後についてきた。
どうやらキャリーカートにも好みってものがあるらしい。
それからそのキャリーカートは我が家で暮らしてる。もう野良じゃない。
名前もつけた。「キャリ子」っていう。
キャリ子は毎日、図書館や本屋に向かう。
うちの母親だけじゃなくて、近所の本好きな人たちの本を運ぶのだ。人間といっしょに図書館に返却用の本を持っていき、帰りは貸し出した本を持って人間と帰る。本屋で買い物したい人にもついていく。
最近は図書館とか本屋で配送サービスのアルバイトもしているそうだ。
キャリ子に、
「毎日楽しい? うちに来てよかった?」
そう聞いてみたら、すごく勢いよく頷かれた。
それはよかった。
でも私はあんまりキャリ子にかまってもらえない。本を読まないから。
「キャリ子、私でも読める本ある?」
聞いてみたら、キャリ子がさっきより嬉しそうに頷いてる。
本、読んでみようかなぁ。
(本作は、りす汰さん(ノベルスキーID:@Valais_Tear)にお題「キャリーカート」を提案していただきました。素敵なお題をありがとうございました)