もうしんどい。
ヒーロー科受験は座学と実技で予備校が分かれるから、お金も時間も労力も2倍掛かるっていうのは知ってて、そのための貯金も準備もしてきたつもりだ。
息子は日々努力している。
この前の模試もA判定だったし、個性も着実にコントロールできるようになってきている。このままいけば無事雄英に合格するだろう。
足りていないのは、親である私の覚悟だ。
息子は毎日ヒーローになるんだと張り切っている。ヒーローになってたくさんの人を助けるんだ、人々の役に立つんだと。みんなを幸せにするんだと。それを聞くたびに思う、そのみんなの中に息子は入っているのか?と。
ヒーローの大前提は、自己犠牲の精神というやつらしい。
大事に育ててきた可愛い息子が、自己犠牲と言って他の知らない誰かを助けて死んでしまうのが恐ろしい。やめてくれ、自分を大切にしてと大声で叫びたくなる。だって誰かの犠牲にするために、私は息子を育ててきたんじゃないんだから。
もちろんこんなこと、頑張っている息子には言えない。今日だって張り切る息子を笑顔で予備校に送り届けた、痛めた手首にテーピングを巻いて頑張れと送り出した。あと数時間したら、また笑顔で息子を迎えに行くのだろう。しんどい気持ちを隠しながら。
雄英では、入学時に一枚の同意書を書かされるらしい。それはインターンや実習で、生徒が危険に巻き込まれる可能性があるということに対する親の同意を求めるものだ。どこのヒーロー科も同じだろう。
それに私はサインできるんだろうか。
するんだろうな、しなくちゃいけない。息子が努力して掴み取った未来を、親の私が潰すわけにはいかない。そんなことは、私にはできない。
超常解放戦線の事件当時、息子はまだ4歳だった。私はもう母親だったけど、自分の子供が前線に立って命を張って戦う想像なんて全くできていなかった。
あの事件では雄英や他のヒーロー科の生徒さんたちも前線に出て戦闘に加わったという。その様子を、あの子達の親はどんな気持ちで見ていたんだろう。いったいどんな気持ちで、自分の子供に人々がヒーロー頑張れと叫ぶ姿を見ていたんだろう。
生徒たちの親が同意書にサインした頃は、まだオールマイトが現役で世界も平和だったはずだ。世界が変わるような大事件に、まだ学生の自分の子供が前線に出て戦うなんて予想してサインした親がどれだけいただろう。たった一枚の紙切れが、どれだけ重い一枚になったんだろうか。
学生だけじゃない。プロヒーローだって誰かの子供だし、無事を願う親がいたのだ。今いる現役のヒーローだってそうだ。
あの時、何人ものヒーローがもう無理だと言ってヒーローを辞めた。その一方で、戦い続けてくれるヒーローもたくさんいた。その中で命を落とすヒーローも。
辞めたヒーローに対する市民のバッシングはひどかったけれど、そのヒーローたちの親は安心したんじゃないかな。もう息子や娘は守る側じゃない、守られる側にいてくれるんだって。
そしておそらく私の息子は、ヒーローを続ける側の人間だ。最後まで市民を守ると言って、敵の前に飛び込んでいく方のヒーローなのだ。そうじゃなかったら、お前にはヒーローは向いていないよと言ってやんわりと止めることもできたのに。別にあの時辞めたヒーローがヒーロー向いてなかったわけじゃないとは思うけど。あの当時は何もかもが異常だったのだ。その異常事態が、またいつ来るかなんてわからない。
息子の意思を尊重してヒーローになるのを見守った結果、息子が死んでしまうことが何よりも怖い。大怪我だってしてほしくない。無事で、健康でいてほしい。
しんどいなあ、まだ息子がヒーローの卵にすらなる前からこんなこと考えてて、実際にヒーローになっていくのをちゃんと見守れるのかな。それともヒーローになる子たちって親からもう違うのかな。ごめんね息子、心から応援できない親で…
□追記
今はどのヒーロー校も、自己犠牲よりは『勝って救ける、救けて勝つ』という理念が主流になってきてるんですね、少し安心しました。
これまで重荷になると思って言わなかったけど、息子にもちゃんと私の心配する気持ちを伝えようと思います。それをしっかり受け止めて臨んでくれればいいな。
受験まであと少し、息子共々頑張っていきたいと思います。