父親(俺)無個性、母親(嫁)個性あり。
どちらかに個性があればそっちが遺伝すると思ってたけど、どうもそうじゃなかったらしい。個性ありの両親から無個性が生まれたりすることもあるらしいから、そう単純な話じゃないんだろう。
子供の頃、無個性な自分が嫌で仕方なかった。
周りの華やかな個性持ちたちは無遠慮にダセーダセーってからかってくるし、大人たちに将来の夢は?って聞かれるのも嫌だった。周りが個性を活かしてヒーローになる!と元気良く答える中、きみはヒーローじゃないの?え?無個性?そ、そうなんだ…個性がなくても活躍できるお仕事はたくさんあるよ!以下慰め。みたいな流れに心底うんざりしていた。
親はそんな俺に無頓着で、当時まことしやかに囁かれていた「〇〇円出せば個性が買える」なんて噂を聞きつけた俺がギャーギャー騒いでも、個性なんてあっても役に立ちゃせんわと知らん顔していた。あの時は何てひどい親だと泣いたけど、今となってはかーちゃんありがとうって感じだな。命拾いしました。
まあそんな無個性コンプレックスを抱えて、どんな個性であろうと羨ましい…なんて根暗な中坊に成長したときに出会ったのが今の嫁。
嫁は首が伸びる個性なんだが、ろくろ首みたいで恥ずかしいと自分の個性に悩んでいたときに無個性の俺(隣の席だった)が無個性コンプキラキラの目で「かっけー!」なんて言ったもんだからそれがクリティカルヒットしたらしい。
無個性じゃなきゃそんな出会いもなかったから、今は別に無個性コンプは抱えていない。社会に出て働き始めりゃ、ヒーローや専門職じゃない限り個性なんてそうそう仕事に影響しないわけだし。時勢も変わってきてたしな。
とはいえ自分の子供となると話は別だ。
娘が生まれたときから、いずれ嫁と娘が左右から巻きついてくれるかな〜とか(嫁は酔って甘えると首を伸ばして俺の腕に巻きついてくる、めちゃくちゃ可愛い)、もしかしたらすごい個性が発現してスーパーヒーローとかになっちゃうかも!俺の娘すごい!なんて妄想をしていた。
だからまさか、俺の無個性が遺伝するなんて思わなかったんだ。だって、『ない』ものが遺伝するなんて思うか普通?でもそれが『ある』らしい。
4歳を過ぎても天真爛漫で天使のように可愛い娘、個性発現の兆しゼロ。心配して近所のクリニックに連れていったところ、「ないね〜無個性だね〜」とあっさり言われた。
大泣きするかと思った娘、意外にも平気そう。むしろ俺の方が卒倒しそうで、心配した看護師さんに椅子を勧められる始末。真っ青な俺の横で、嫁が「パパとお揃いだね〜」と娘に笑いかけていた。
そんなこんなで無個性人生が確定してしまった娘だが、何でこんなに俺がショックを受けたかというと、娘の将来の夢が『ヒーロー』だったからだ。周りが元気良くヒーローへの展望を語る中、下を向いてぐっと唇を噛むあの時の気持ちを娘が経験すると思うとやりきれなかった。
だが、時代っていうのは変わるもんなんだな。
無個性が発覚して数ヶ月、娘の夢は未だにヒーローだ。むしろ、発覚する前より元気に「絶対ヒーローなる〜!」とはしゃぎ倒している。
周りのお友達にも無個性のことを伝えたらしいが、けっこう羨ましがられたらしい。いいな〜と言われていいでしょ!と勝気に笑う娘の性格は昔の俺にも嫁にも似ていなくて、でも間違いなく俺たちの娘でとんでもなく可愛い。
娘がこうして笑えているのも、とあるヒーローのおかげだ。
無個性でも諦めず夢を叶えたヒーロー。無個性ながら、まだ学生だったのに俺たちの日常を守ってくれたヒーロー。そして世間が無個性を見る目を、根本から変えてくれたヒーロー。デク、ありがとう。娘も俺も、あんたに救われている。
同世代の少年が世界を背負って戦っていると知って、自分との差にびびり散らかしたけど、そんな彼が元は俺と同じ無個性だと知ってどれほど驚いたか。あの時は俺も嫁と一緒に応援した。死柄木に勝ってくれてありがとう。そのおかげで、今家族で暮らす平和な日常がある。
一度は引退した彼が無個性のまま復帰すると聞いて大丈夫か!?と心配したけど、何のハンデも感じさせずものすごい勢いで同世代のヒーローと並び立ったデク。彼を見ていると、自分も頑張ろうと自然と奮起できる。デクの復帰から、個性を持たないヒーローも次々に登場した。皆がそんな無個性のヒーローを応援する姿を見て、どれだけ心が熱くなっただろう。
無個性ながらトップヒーローでいてくれるデクがいるから、娘は一度も誰かに個性がないことをからかわれたことがない。無個性な自分を責めることも、父親を恨むこともなく、「パパが無個性でよかった!」と無邪気に抱きついてくれる。自分もヒーローになれるのだと、信じて憧れることができる。
娘に「無個性を遺伝させてごめんね」と謝らなくてもいい世界をくれた。娘がヒーローを目指せる世界もくれた。本当に、最高のヒーローだ。
娘は今日も憧れのヒーローとお揃いの緑のウサ耳パーカーを着て、元気に走り回っている。